ジャスミン

『…っ!?』

言葉を失って立ちすくむ。

周りの喧騒も何も見えなくなり、視線の先にいる人物に身体中の神経が集中しているのがわかる。

その人物は、真っ直ぐに茉莉を見つめて一歩一歩近寄ってきた。

目の前まで来ると、深々と頭を下げて、また茉莉の顔を見つめた。


『倉田茉莉さんですよね?以前お会いした事があるかと思いますが覚えて見えますか?佐伯健司の妻の香苗です。』

『は…い。お久しぶりです…。』

『少しお時間よろしいでしょうか?』


きちんと話せたのだろうかー。

動揺しながらも、私の返事を良しと捉えた香苗は満足そうに私の数歩前を歩く。

以前、部長のお宅に部下数名で訪れた時に顔を合わせているものの、相変わらず仕事の出来そうなオーラを纏った綺麗な女性だ。


ピタッと前を歩く香苗が足を止めると茉莉の方へと振り返る。

『ここで良いかしら?』

どうやら店に入り、話をするようだ。

(ここなら会社の人に会わなくて済むけど…。)

彼女の雰囲気に嫌とは言えない…『はい。』と答えると後に続いて黒猫へと入った。