「…何ですか?この車は…」
麻衣から手渡された鍵を持ち、駐車場でキーレスエントリーで反応した車に導は目を疑った。

「何…って…二課に与えられた車だけど…」

「なんで…イタリア車なんですか?今日日…パトカーですらエコカーが主流なのに…」
漆黒の車体に、革張りのツーシートの助手席に座る麻衣に聞く。

「良かったー川島さんがMT運転出来て。私、免許すら無いから移動が大変だったんですよ」

「…答えになってません…」
左右を確認しながら導が冷たく答える。

「差し押さえられた土地や建物を競売にかけるでしょ?この車も競売に出てたんだけど買い手が付かなくて…」

引き取り手の無い車を譲り受けた本署が出動機会の少ない二課に回したのだ。

「だからって…目立ちすぎですよね…手入れしてますか?」
本来ならば漆黒であろう車体は手垢が目立つ。

「時間がある時には磨いてくれてるんだけどね…現場に着けば分かると思うよ…それ以外にも役に立ってくれるんだよ」

「麻衣さんが磨いてるじゃないんですか?それに…役立つ…って…」

「うん…署内のカーマニアの人や、機動隊の人達がね…私は洗わない。そんな時間があったら一つでも多く同調したい…」

「同調?ああ、捜査ですね…」
慣れない左ハンドルの車を操る導が話半分で相槌を打つ。

「まぁ…そう…かな…」
煮え切らない麻衣に導は気付かない。

渡された地図の示す場所は、すぐに分かった。
マスコミや野次馬が張り巡らせたテープの前で少しでも何かを知ろうと背伸びしたり、身体を左右に揺らす。

「あ…こっちじゃなくて、野次馬の後ろに停めて」

「え?乗り付け無いんですか?」

「いいから、いいから」
妙な自信を持った麻衣に促されて車を停める。

イタリア車の強いエンジン音は、テープの向こうに注目する野次馬達の耳には入らない様子だ。

「わー凄い!」
代わりに寄って来たのは大人達の中に入り込めずに居た子供達だ。

子供達は駆け寄って来ると漆黒の車をペタペタと触る。

「あー…ハイハイ…触らないでね…これが手垢の理由ですか?」
子供達を宥めながら導が苦笑いで麻衣に問う。

「そう。子供の憧れ…パトカーとスポーツカーの融合」

「それが役立つんですか?」
導にも纏わり付いて来る子供の頭を撫でた。

「ねぇ…何か見たり聞いたりした事は無い?」
自分の手帳を見せる麻衣の姿に遅れて導も手帳を見せる。