食事を終えると、自室などに帰る者は帰り、談話するものは広間に残る。
今広間に残っているのは局長近藤勇・副長土方歳三・同じく副長山南敬助・一番組組長沖田総司・永倉・六番組組長井上源三郎。
「――近藤さん」
先ほどの本をずっと読んでいた永倉は、ふと聞こえた山南の声に驚き身を震わせた。
「あぁ……」
近藤は少し申し訳なさげに返事する。
この場にいる人間は、ただ一人永倉を除いて皆事情を知っているような雰囲気だった。
「ん?何この重苦しい空気」
彼女の言葉に返事するものはなく、黙り込む。
この空気に耐えられなくなったのか、しばらく続くこの沈黙を永倉は破る。
荒々しくバタンと音を立てて本を閉じて。
「何かしら返事してよ……。隊務があるならはっきり言って……」
その視線にはたった今閉じられた本。
またしばらく、沈黙の時が来る。
そしてやっと口を開いたのは土方だった。
「……芹沢一派を粛清する」
土方の言葉を、その言葉の意味をやっと理解した永倉はハッと全員を見回す。
「どういう事……?皆何で言ってくれなかったの……?もしかして私も一緒に殺すつもりだったの……」
震えの止まらぬ状況、この緊張感、今後の不吉な予感。
震える声を押し殺しながら、冷静を保っているように装う。
「そうじゃないんだ……。君は生かしておかねばならぬ存在。だからこそ、遅くなったがこうやって君に伝えた」
近藤の言葉にも何かしらの決意があることを悟った永倉だが、妙な不安から生まれる高鳴った鼓動は収まる事を知らない。
寧ろ、更に暴れるだけだ。
けれどそんな永倉に止めを刺すかのように、土方の言葉は放たれた。
「副長命令だ。芹沢さんを殺せ……。あの人を殺すのは、お前にしか出来ねぇんだ……」
永倉はその言葉を聞き、本をギュッと抱き寄せる。
「決行は明日の深夜。襲撃はいつでもいい。いいな、新八……」
反論・抗議をすることも許されず、彼女はただひたすらに本を抱きしめ、震えていた。
この日は一日中自室に籠っていた。
本も読まず、食事も摂らず、ガタガタと震える身を押し殺すかのように部屋の隅で膝を抱いていた。
夜になっても、どんなに原田や斎藤が呼んでも出てこなかった。
芹沢一派である新見や殿内は、昨日までに粛清されていたようで、残るは芹沢本人のみ。
そして誰よりも永倉を可愛がっていた人物でもあった。
そんな彼を殺すことは、彼女には荷が重すぎた。
「…………芹沢さん」
吐息混じりのその呟きも虚しく消え入り、永倉が障子を開けた時には今にも雨が降りそうな雲が星空を覆い隠していた。
芹沢はどうも落ち着かなかった。
どうも胸騒ぎがして眠る気になれず、しばらく布団の上で転がってみても睡魔に襲われることはない。
いっそのこと夜更ししてしまおうと障子を開けると、広めの庭の中心あたりに永倉はいた。
かなり暗い顔をしている彼女が心配になった芹沢は、縁側で草鞋を履いて近づいた。
「どうした、新八」
「土方さんがね、すっごく怖かったの……。昨日あなたを殺せって、副長命令だって……」
永倉の発言で、芹沢は自身の胸騒ぎの訳を悟った。
それでも彼は微笑んだ。
「お前は……本当にこの道を歩んできて良かったと思うか?」
永倉はフッと顔を上げる。
「本来ならば女は嫁ぎ、夫を支える。それが世の理。でもお前は違う。武士として剣を振るい、戦う。その分死の運命を避けることのできない事態になるかもしれない。その時、一瞬でも後悔してしまうだろう。「普通の女として生きればよかった」って。それでもこれだけは言える。死の運命をも受け入れてしまえば、本当に強くなれる。そんな中で見つけた願いを叶えるために、人間は立ちはだかる壁を越えていく……。これが、本当の人間だ」
彼女の瞳には、最早芹沢の微笑みさえも真面に見ることが出来なかった。
「大事なものを手放したり失くしたりするのは怖い。それに、今を変えることだって辛いこともある。それでも、それを補ってくれるものは必ずあるものだ。それを試すのが、今なんじゃないか?」
芹沢の大きな手が、永倉の頭をポンポンと叩く。
その笑顔に、永倉の視界は霞んでいく。
彼女は意を決し、抜刀して思い切り振り上げる。
「……ごめんなさい、芹沢さん……」
芹沢が最期に見たものは、大量の涙で目を腫らした永倉の姿だった。
「いやぁぁぁあああああああああああああっ!」
永倉は、今さっきまで生きていたそれに覆い被さるようにして号泣する。
もう帰ってこない、もうあの笑顔や優しさを五感で感じることはできない。
ポツポツと雨が降ったかと思うと、それはやがて、桶をひっくり返したかのような土砂降りの雨となった。
彼女は思う。
もしも私がこの道を選んでいなかったら、こんな辛い思いをしなくても良かったのに……。
でもこの道を選んでいなかったら、芹沢さんや左之には出会えなかった。
もうどっちが正しいのかわかんないよ、と。
硝煙のような水飛沫と共に幾つもの雷が鳴る。
服に付いた返り血も、芹沢の衣服に付いた血も、地面に流れ出た大量の血も、中々消えてくれるものじゃなかった。
それがまた涙を煽るもので、永倉は再び泣き叫ぶ。
「こんな世界……なくなっちゃえばいいのに……!」
永倉が芹沢のそれから身を離したのは、半日以上降り続いた土砂降りの雨も上がり、少し湿った浅葱色の空が朝焼けに染まりかける頃だった。
今広間に残っているのは局長近藤勇・副長土方歳三・同じく副長山南敬助・一番組組長沖田総司・永倉・六番組組長井上源三郎。
「――近藤さん」
先ほどの本をずっと読んでいた永倉は、ふと聞こえた山南の声に驚き身を震わせた。
「あぁ……」
近藤は少し申し訳なさげに返事する。
この場にいる人間は、ただ一人永倉を除いて皆事情を知っているような雰囲気だった。
「ん?何この重苦しい空気」
彼女の言葉に返事するものはなく、黙り込む。
この空気に耐えられなくなったのか、しばらく続くこの沈黙を永倉は破る。
荒々しくバタンと音を立てて本を閉じて。
「何かしら返事してよ……。隊務があるならはっきり言って……」
その視線にはたった今閉じられた本。
またしばらく、沈黙の時が来る。
そしてやっと口を開いたのは土方だった。
「……芹沢一派を粛清する」
土方の言葉を、その言葉の意味をやっと理解した永倉はハッと全員を見回す。
「どういう事……?皆何で言ってくれなかったの……?もしかして私も一緒に殺すつもりだったの……」
震えの止まらぬ状況、この緊張感、今後の不吉な予感。
震える声を押し殺しながら、冷静を保っているように装う。
「そうじゃないんだ……。君は生かしておかねばならぬ存在。だからこそ、遅くなったがこうやって君に伝えた」
近藤の言葉にも何かしらの決意があることを悟った永倉だが、妙な不安から生まれる高鳴った鼓動は収まる事を知らない。
寧ろ、更に暴れるだけだ。
けれどそんな永倉に止めを刺すかのように、土方の言葉は放たれた。
「副長命令だ。芹沢さんを殺せ……。あの人を殺すのは、お前にしか出来ねぇんだ……」
永倉はその言葉を聞き、本をギュッと抱き寄せる。
「決行は明日の深夜。襲撃はいつでもいい。いいな、新八……」
反論・抗議をすることも許されず、彼女はただひたすらに本を抱きしめ、震えていた。
この日は一日中自室に籠っていた。
本も読まず、食事も摂らず、ガタガタと震える身を押し殺すかのように部屋の隅で膝を抱いていた。
夜になっても、どんなに原田や斎藤が呼んでも出てこなかった。
芹沢一派である新見や殿内は、昨日までに粛清されていたようで、残るは芹沢本人のみ。
そして誰よりも永倉を可愛がっていた人物でもあった。
そんな彼を殺すことは、彼女には荷が重すぎた。
「…………芹沢さん」
吐息混じりのその呟きも虚しく消え入り、永倉が障子を開けた時には今にも雨が降りそうな雲が星空を覆い隠していた。
芹沢はどうも落ち着かなかった。
どうも胸騒ぎがして眠る気になれず、しばらく布団の上で転がってみても睡魔に襲われることはない。
いっそのこと夜更ししてしまおうと障子を開けると、広めの庭の中心あたりに永倉はいた。
かなり暗い顔をしている彼女が心配になった芹沢は、縁側で草鞋を履いて近づいた。
「どうした、新八」
「土方さんがね、すっごく怖かったの……。昨日あなたを殺せって、副長命令だって……」
永倉の発言で、芹沢は自身の胸騒ぎの訳を悟った。
それでも彼は微笑んだ。
「お前は……本当にこの道を歩んできて良かったと思うか?」
永倉はフッと顔を上げる。
「本来ならば女は嫁ぎ、夫を支える。それが世の理。でもお前は違う。武士として剣を振るい、戦う。その分死の運命を避けることのできない事態になるかもしれない。その時、一瞬でも後悔してしまうだろう。「普通の女として生きればよかった」って。それでもこれだけは言える。死の運命をも受け入れてしまえば、本当に強くなれる。そんな中で見つけた願いを叶えるために、人間は立ちはだかる壁を越えていく……。これが、本当の人間だ」
彼女の瞳には、最早芹沢の微笑みさえも真面に見ることが出来なかった。
「大事なものを手放したり失くしたりするのは怖い。それに、今を変えることだって辛いこともある。それでも、それを補ってくれるものは必ずあるものだ。それを試すのが、今なんじゃないか?」
芹沢の大きな手が、永倉の頭をポンポンと叩く。
その笑顔に、永倉の視界は霞んでいく。
彼女は意を決し、抜刀して思い切り振り上げる。
「……ごめんなさい、芹沢さん……」
芹沢が最期に見たものは、大量の涙で目を腫らした永倉の姿だった。
「いやぁぁぁあああああああああああああっ!」
永倉は、今さっきまで生きていたそれに覆い被さるようにして号泣する。
もう帰ってこない、もうあの笑顔や優しさを五感で感じることはできない。
ポツポツと雨が降ったかと思うと、それはやがて、桶をひっくり返したかのような土砂降りの雨となった。
彼女は思う。
もしも私がこの道を選んでいなかったら、こんな辛い思いをしなくても良かったのに……。
でもこの道を選んでいなかったら、芹沢さんや左之には出会えなかった。
もうどっちが正しいのかわかんないよ、と。
硝煙のような水飛沫と共に幾つもの雷が鳴る。
服に付いた返り血も、芹沢の衣服に付いた血も、地面に流れ出た大量の血も、中々消えてくれるものじゃなかった。
それがまた涙を煽るもので、永倉は再び泣き叫ぶ。
「こんな世界……なくなっちゃえばいいのに……!」
永倉が芹沢のそれから身を離したのは、半日以上降り続いた土砂降りの雨も上がり、少し湿った浅葱色の空が朝焼けに染まりかける頃だった。
