「なんでもねえ、忘れろ」

「え……?」


意味が分からずにいると、峰はこちらに来て地面に置かれた鞄を持ち上げた。
あたしはそのまま鞄を受け取ると、微かに峰の手が自分の手に微かに当たった。


「今のは忘れていいから。 じゃあ、またな」


いつの間にかいつも峰と帰り道が分かれる街灯の下に着いていたらしく、峰はそのままあたしに背を向けて歩き出した。

あたしは状況が飲み込めず、その背中を眺める。 
 
帰っちゃったよ……さっきのは、一体なんだったの。

ふと、鞄を受け取るときに微かに触れた峰の手の冷たさを思い出す。

峰と出会ってから、うっかり手が触れてしまったことを意識したことなんてなかったような気がする。

普段から彼の手はあんなに冷たいものだったかなんて、今は思い出せない。

少しずつ遠ざかる背中に、あたしは一度声を掛けようとしたけれど、さっきの知らない人みたいな峰の表情を思い出すとなんだか声を掛けるのは躊躇した。


「忘れろって言われても……」


ひとりになって考えてみても何も答えが見つからず、少しその場で呆然としてから、小さく息をこぼしてあたしは帰路についた。