「下り坂も…けっこうきついもんだね。
足に来るよ
最近、運動不足だったから……ちょうど良かったけど……」

アズロはそう言って笑ったけど、きっと相当堪えてるんだと思う。
さほど高い山ではないけど、滅多に越える人のいないこの山には、道と呼べる程の道もなくたいそう歩き辛い。
だって、わざわざこんな所を通らなくても、隣町に続く街道があるんだもの。
大勢の人々が行き交う大きな街道が…
誰だってそっちを通るさ。
だけど、僕があえてこっちを選んだのは……怖かったから。
僕のことを知ってる人に会いやしないかって、それが酷く怖くて…
だから、山を越えることを考えた。

アズロの腕にはそれほど筋肉がついていない。
おそらく脚だってそうだ。
きっと、彼は普段から力仕事をしている人ではないんだと思う。
そんな彼にはこの道中はきっと辛い筈だ。
こんな暮らしをしているうちに、僕も山にはずいぶん慣れては来たけど、それでもやはり息が切れるんだから。



「アズロ…
君は空を飛べるんだし、先に降りてくれて良いよ。」

「ありがとう……でも、僕なら大丈夫だ。
飛ぶ事は好きだけど……歩くことだって嫌いじゃないんだよ、僕は。」

「そう……」



それから僕達は黙ったままで歩き続けた。
だけど、その沈黙はそれ程気まずいものではなく……
ただ、道が険しいから。
お互いに話すと疲れるから…そんな風に思えたのは、アズロのおかげかもしれない。



「アズロ、あそこでちょっと休もう。」

ようやく、斜面の角度がなだらかになって来て、僕達は、一休み出来そうな場所をみつけた。
草の上に腰を降ろし、水筒の水を順番に流しこむ。



「疲れただろう。
でも、後少しだから…」

「良い運動になったよ。
今夜はゆっくり眠れそうだ。
ねぇ……ところで、どうして街道の方から行かなかったの?」

「……なんだ、知ってたのか……」

アズロは街道のことを知っていた。
彼は僕の身体のことだって知ってるんだから、今更そんなことどうでも良いのかもしれない。
だけど、僕はやっぱりどこか恥ずかしいような…なんとなく居心地の悪い気持ちを感じ、それを隠すために開き直った。



「知ってるって…?」

「……街道のことだよ。」

「あぁ、このあたりを飛び回った時に少し、ね。」

肩透かしをくらったような気がした。
彼には、僕が考えていたような意図はなく、ただ素直に思ったことを話しただけだった。
僕が知ってる人に会うのを恐れて街道を避けたことなんて、彼は欠片程も気付いていなかった。