完全に、意識が消えるぎりぎりで、辛うじて紅河は意識を引き止めた。

歯を食いしばり、全身を叱咤して立ち上がる。

何度も、膝を折りながら。

壁伝いに、紅河は歩き出した。

気力だけで、必死に体を動かす。

行かなければ。

進まなければ。

この体が、壊れる前に。

時間がない。

早く、早く。

立ち止まる暇なんか、ない。

思い通りに動かない体がもどかしい。

動いてくれ、頼むから。


_____身に合わない力は、己を傷付けるだけだ。

分かってる。

分かってるとも。

それでも、力が欲しい。

傷付いても、いいから。




『紅河』


「………っ」




幻聴かもしれない。

でも、確かに聞こえた。

大切な、大切な家族が、自分を呼ぶ声が聞こえた。

もう二度と、私の目の前に現れないと思っていた、あいつの声が。





「力を貸してくれ……!莵毬……っ!」





全てが、漆黒に染まる。

けれども、何も怖くなかったのは。

温かい気配が、自分をしっかりと抱き締めたから。

「……______」

すっと全身の力が抜ける。

沈んでいく意識の中で、紅河は確かに、己の名が呼ばれるのを聞いた。






「無茶をする………」

紅河を抱きとめた男は、切ない目をして紅河の頭を撫でる。

そっと優しく、愛おしい手つきで。

「すまない………っ」

囁くように落とされた謝罪は、深い哀愁を漂わせていた。