広い道場にたった二人。

山崎と紅河が立った。

審判は無し、何方かが降参するまで終わらない。

何方も構えず、自然体で立っていたが、山崎は鋭い殺気を出している。

対する紅河からは何も感じられなかった。

シュッ

先に動いたのは山崎。

目にも止まらぬ速さで、苦無を投げる。

だが、投げた先に紅河はいなかった。

ドス

「ぐっ…」

一瞬で間合に入った紅河は、山崎の鳩尾に拳を叩き込む。

更に身動きが出来なくなったところを、受身を取れぬようにして、投げ飛ばした。

「がっ!」

仰向けに倒れたまま動かない山崎。

「もう終いか?」

「……まだだ」

隠し持っていた手裏剣を持って突進する。

完全に除けきれず、紅河の白い頬に朱の線が一筋引かれた。

たらりも流れる血。

血の匂いに反応して、山崎の殺気が更に昂ぶる。

「殺す気か……?」

試合ではあり得ない量の殺気。

紅河の柳眉がぴくりと動く。

否応なしにも、殺気に体が反応している。

再び山崎が苦無を投げた。

速い。

しかし、紅河はそれをはるかに上回る速さで動く。

紅河は気配を消している分、何処にいるか分かりにくい。

ドッ_____

山崎の背後に回った紅河が、勢いを利用して蹴りを放つ。

それを山崎がぎりぎりで防いだ。

蹴りの威力に三尺ばかり後退したものの、足を掴むと地面に叩きつけた。

「くっ…!」

何とか体を捻って受身を取る。

更に山崎は紅河の上に馬乗りになった。

ドスッ

首を狙って振り下ろされた苦無。

それをどうにか避けた紅河のだす雰囲気が変わった。

最早これは死合。

紅河からも鋭い殺気が出される。

「退け」

短い言葉と共に、紅河は下から苦無を振り上げる。

それを避けて体勢を崩した山崎を殴り、素早く跳びずさる。

「ちっ。次は確実に仕留める」

関西弁をかなぐり捨て、苦無を構える山崎

紅河は片手に苦無を持ちながら、最初のように自然体で立った。

「今度は私から行こう」

凄絶な微笑みを浮かべる。

殺気も姿も全てが掻き消えた。

_____秘奥義 幽刺赤華(ゆうしせっか)

確実に相手を仕留める最強の暗殺術。

誰にも気付かれない。

突然、真っ赤な華弁が散る。

「やめろーーー‼︎」

刹那、土方が叫んだ。

グサッ



ポタ ポタ

「紅…河…」

苦無の切っ先が見える程、深く刺さっている。

しんと静まり返った道場で、血の音だけが響いた。

「必ず相手を仕留めるために作り出した秘奥義。幽刺赤華は、紅の華弁を散らせるまで、絶対に止まらない。気付く間も無く死ぬからだ」

ずるりと苦無を引き抜く。

更に大量の血が零れ出た。

「生きてこの技を目にしたのは、其方たちのみ。そして、この技の標的となり、生きていたのは山崎、お前のみだ」

紅河が刺したのは、山崎でなく自分の手のひらだった。

苦無を止める事が出来ないと紅河は瞬時に判断し、己の手に刺す事で山崎に苦無が刺さるのを、ぎりぎりで防いだのだった

「な…ぜ…?」