姿無き犯人に対する怒り、護ると決めたのに何も出来なかった自身の不甲斐なさ。あらゆるものが理性を蝕んでどうにかなってしまいそうになる。


 鷺沼はそんな雪姫の様子を静かに見つめていた。大人として、刑事として、宥める言葉や理屈はいくらでもあるけれど。あえてただ一言だけを発する。


「……犯罪者の心理っていうのは、そんな風に割り切った大人なものじゃないんだ。」


「………え?」


 雪姫は思わず顔を上げ、そして口を噤んだ。鷺沼の瞳は苦しそうに歪み悲しい色に塗り潰されていたから。


──ああ、知ってる。これは、大切なものを失った人の瞳だ。


 晴流、斗真、奈々、琥太朗、そして恐らく雪姫もしたことがあるだろう瞳。平穏な日常を生きてきたならばけして出来ない悲しい瞳。


 きっと鷺沼も過去に何かがあって、だからこうしてまっすぐ向き合ってくれるのだろう。そう思うとこれ以上喚く気もなくなった。


「……犯人、分かりそうですか?」


 一度深呼吸で心を落ち着け、静かに尋ねる。これだけ痕跡が遺されているのだ。一つくらい犯人に繋がる手掛かりがあってもいいはず。


 雪姫は縋る思いで鷺沼の瞳を見返した。