彼女の麦わら帽子は幸運なことに、
俺のすぐそばにゆっくり降りてきた。
そっと麦わら帽子を手で掴めば、
そこから伝わる彼女の名残。
とくん とくん…
心臓がどんどん加速する。
練習中とは異なる音だ。
鼓動が耳まで支配して、
それ以外はなにも聴こえない。
「……あっ…あの…。」
彼女の弱々しい声も、
俺のからだを敏感にさせて、
一瞬反応してしまう。
しっかりしろ。
これが彼女と知り合う最後のチャンスかもしれない。
俺はグッと拳に力を込めた。
「はい…帽子…落としたよ?」
「……あ、ありがとう…ございます。」
麦わら帽子を挟んだすぐ前には、
小さい彼女が居る。
電車に乗ってるときは、
長い椅子分の距離のところに居るから
こんなに近づくのははじめてのこと。
「い、いつも朝…会ってるよね。」
勇気を振り絞って声を掛けた。
3年経ての初めての…
「…はいっ…!」
会話は少し酸っぱくて…
「…俺、藤原泰誠って言うんだ。」
「っ私…は、佐原真雪と言います。」
「「………よ、ろしく………。」」
だけどちょっぴり甘いレモンのような
味がした。


