最初は偶然だと思っていたが、よく目が合う。私がこっそり見ていたことに気がついたせいだと考え、できるだけ彼を見ないようにした。

 それでもやっぱり、気になって彼を見ると、大抵向こうもこちらを見ている。

 視線を感じるたびに、そわそわと落ち着かない気持ちになり、耳まで熱を持つのがわかった。


 ある日、彼がご年配の女性の患者さんから質問を受けているのを偶然聞いてしまった時からは、ますますはっきりとこちらに意識を向けられ、困惑した。

「魚住さん、ご結婚はまだ?」

「ええ、残念ながら」

「……ってことは、誰か意中の人がいるのかしらねぇ」


 患者さんの背後に立っている魚住さんが、通りかかった私をじっと見ながら

「います。ただ、彼女が僕の事をどう考えているか、それがわからなくて困ってるんです。すぐそばにいるのに、きっかけが掴めないんですよね」

「あら、そうだったの。でもね、こんなに優しい人に想われているって、そのお相手も気づいていないんじゃない?」

「いえ、きっと気づいています。だからこれから、行動を起こしてみるつもりなんです」

 彼はその時、私の目を見てきっぱりと言い切った。


『自分の父親が支援を必要としている今、離れていたら一生後悔する』

 ……そんな風に父親を大事に思うことができる彼と、父親の顔すら知らない私では、うまくいくはずがない。

 そう思って、避けていた。

 母の生き方をずっと見ていた私には、付き合うことや結婚に対する憧れは皆無だった。ひとりでも生きていける女になるために選んだ道に、男性は必要なかった。むしろ邪魔だ。

 ましてや、彼との将来を真剣に考えるとなれば、彼のご両親とも密接に関わることになる。父親と生活したことのない私が、彼のお父さんを『家族の一員として』介護できる自信はなかった。