「あのね上村、私には呪文があるの」

「……呪文?」

 私がそう言うと、上村はまた訝しげに眉をひそめた。

「そう、『私は大丈夫』って何度も胸の中で唱えるの。そうしたらほんとに大丈夫になる。……だから私は、誰かを頼らなくても生きていけるの」

「何言ってんの……」

 上村は眉間にしわを寄せると、私を胸に抱き寄せた。

 懐かしい上村の体温と匂い。いつも私を惑わせる。

「今度から俺を頼って。鍵もあるからいつでも来られる」

 そう言って体を離すと、シャツの胸ポケットからこの部屋の鍵を取り出して私に見せた。

「先輩は捨てろって言ったけど、やっぱり俺にはできなかった。……先輩、この鍵俺が貰ってもいいですか?」

「上村……」

 私は、上村の腕の中から抜け出すと、彼の手のひらから部屋の鍵を受け取った。

 チャームと鍵がぶつかって、涼やかな音を立てる。


 ――全ては、この鍵から始まったんだ。