グレープフルーツを食べなさい

「母さん……香奈よ、起きて」

 私は、ぐっすりと寝入っている母の傍らに立ち、肩にそっと触れた。

 病院はちょうど夕食の時間帯らしく、母の部屋の外からも食器を使う音や台車を押す人々の話し声が聞こえてくる。しかし母の耳には、そのざわめきすら届いてはいないようだった。

「……か…な?」

 ベッドに横たわったままの母が、ゆっくりと目蓋を開けた。私はちゃんと声が届くよう中腰になり、母の耳元に顔を寄せた。

「母さん、今日私、母さんの浴衣着てきたの。わかる?」

 母の枕元で立ち上がり一度クルリと回って見せた。母の目が大きく見開かれる。

「ようやく着てくれたのね。嬉しいわ、香奈。よく……似合ってる」

「ありがとう、母さん」

 母の笑顔に、胸が熱くなる。やはり母は、待っていたのだ。

 そのとき、私の後ろに黙って立っていた上村が、私の隣に立ち、母に話しかけた。