グレープフルーツを食べなさい

「今日は本当にありがとう。楽しかった」

 上村とはマンションの駐車場で別れるつもりだった。

 街中で浴衣姿の女性を見かけてからずっと、母のことが頭から離れない。早く部屋で、一人になりたかった。そうでないと、きっとまた上村に弱い自分を見せてしまう。

「じゃあまた来週、会社で」

 何か言いたげな雰囲気の上村を振り切るように、助手席のドアに手をかけた。

「先輩、待って!」

 上村が私の肩を掴み、車の外に出られないようにした。顔のすぐ側に上村の吐息を感じ、私は咄嗟にドアを背に後ずさった。

 泣いたことに気付かれたくなかった。

「……どうかした?」

 その一言で精一杯だった。肩に感じる上村の手のひらの熱が、母を失いかけたあの夜を思い出させ、気持ちが揺らぐ。

「先輩、浴衣着て今から俺と一緒にお母さんに会いに行きましょう」