のんびりとした空気の療養に最適な国、マルス公国。
資源と言えば温泉と山の幸、湖の魚。
大した産業もなく大きな国でもなくただの田舎でしかない刺激のない国だ。
他国が欲しいと思うほどの要素は特に無さそうなのに何故か一目置く人達がいる。
全く理解出来なかったがそこはそれ、仕事は仕事なので退屈なりに一月、この国で調べることは一通り調べあげた。
仕事が大方すんでやることがないので田舎騎士を相手に遊ぶことにした。
最初の見た目から目星をつけて怜悧そうな男を選んだつもりだったがこの騎士、蓋を開ければただの純朴な田舎者だ。
いい年をして女の扱いを全く知らないようで一生懸命ご機嫌を取ろうとしている。全く面白味にかける男だ。
ジュリアが薔薇園を散歩していると白薔薇の側にいる男をみつけた。
「ランジール様、何をされていらっしゃるの?」
「……ジュリアさん、薔薇の手入れを少々。しっかり見てないとすぐに虫に食われて枯れてしまうので」
騎士であるはずの彼のその姿は田舎者の庭師丸出しである。
折角姿だけはいい男なのだから騎士らしくキリリとしていればいいのに、と思ったが口には出さない。
「ランジール様は余程に白薔薇がお好きなのですね」
「はい、ずっと世話して見守って来ましたから」
「まあ、私、白薔薇に妬けてしまいますわ」
「ジュリアさん、そんな…、薔薇は薔薇です。貴女には貴女の美しさがあると思います」
「まあお上手ね?嬉しいわ。私薔薇は赤が好きですけど白も好きになれそう」
「それはよかった」
満面の笑みを浮かべるランジールとわかれ、ジュリアは一人庭園の方へ進む。
庭園では様々な人達が様々な目的を持って交流を図っている。
田舎騎士の面白くもない弁舌を聞くよりずっと有効である。
辺りを散策していると金髪の若い娘が騎士をつれてニコニコしながら寄ってきた。
「こんにちはジュリアさん、はじめまして。私ティアと申します」
「まあ第三皇女様!白薔薇姫様。はじめてお目にかかりますわ。私の名はもう知っていらっしゃいますのね?」
「ええ、うちの田舎者がお世話になっているようで」
「…田舎者なんてそんな。ランジール様は素晴らしい騎士でいらっしゃいますわ」
「そうかしら?まあいいわ。そんなことに興味はないし」
ジュリアは曖昧に笑う。
美しい金髪の白薔薇姫はとても清楚できれいな笑みを浮かべる。
とても友好的で優しそうに見えるのに何故だろう?ジュリアの六感が危険を感知している。
「ジュリア様、私この国から出たことが無いので余所の土地の事は知りませんの。
ジュリア様は大きな国の都会からいらしたのでしょう?私是非お話を聞かせていただきたいと思っていたの。
ジュリア様、お願いできるかしら?私の部屋でお茶を飲みながら珍しいお話をお聞きしたいですわ。我が儘かしら?」
姫が澄んだ瞳でジュリアを見つめ、若い娘らしくおねだりをした。
可愛らしい姫にせがまれては流石のジュリアもそう無下には出来ない。
「我が儘なんてそんな。宜しいのですよお話くらい。私もあと数日でここを立つ予定ですからそれまでの間でしたらいつでもお話致しますわ」
「わあ、よかった。有難うジュリア様」
純粋に喜ぶティア姫を見て悪い気がする者がいるわけがない。
ジュリアがティアと仲良く話ながら部屋へ行く道すがら、付き添いの騎士が目を逸らしながら一言も口を利かないことと、周囲の通りすがりの護衛隊らしき人達がジュリアに哀れな視線を送っていることに当人は全く気付いていなかった。
