ティアは部屋を出て塔の調剤部屋に向かう。

先日調合した自白薬は確かに成功だった。
スパイの使用しまんまと役に立った。

だがそれだけだ。元々口のよく滑る城の者達にあんなものを飲ませれば益々煩くなるだけだ。

新薬に意味はない。むしろ黙らせる薬の方が有効である。

しかしこの薬ならもっと色々試せる。
使い方を誤らなければ面白い薬である。

「ティア様、お一人ですか?」

途中の廊下で声をかけられ足止めされた。ハリスだ。

「護衛の騎士達はどうなさいました?」

「全員倒したわ」

「……あなたの護衛騎士ですよ?そんなことしちゃいけません」

「聞きたいのだけど、五人も必要なのかしら?」

「必要だからつけているのです。何度も説明したでしょう?」

「城内は警備隊が隅々まで始終目を光らせているのに私に五人も必要?
私自分の身くらい自分で守れるわ。
私につけるくらいならお兄様やお姉さま方にもっと使った方が良いでしょう?」

「駄目です、うちの隊はティア姫様の護衛を重視します。
あなたが狙われている可能性が高いと推測した上での警戒です。
ゾフィー殿は魔法使い。自分の窮地は自分で何とかするでしょう。
でもあなたは別です」

例のスパイ事件以降から三番隊長ハリスはやけに神経を尖らせている。

以前はこんなに真面目ではなかった気がするが一体どうしたのだろう?

「ちょっと気の張りすぎじゃないかしら?狙われているなんて分からないし、今日明日の話じゃないでしょう?
あんまり張り切りすぎると疲れて気を抜いた時狙われるわよ?」

「ご忠告有難うございます。気を付けます」

ハリスは全く聞き入れていない。ティアは諦めた。

「騎士達なら体が動けるようになったら追いかけてくるでしょ?」

「どこへいかれるのです?お供します」

ハリスが真面目な顔で着いてきた。
いつものへらへらした空気がない。

いつもはそれにイラついていたが真面目についてこられるのも微妙である。

「……悪かったわね」

姫の護衛は彼らの仕事である。迷惑だからと拒まれても彼らが困るのだろう。
仕事でなければ意地悪姫の護衛など誰もするわけがない。

「…ねえハリス、ルウド、まだ怒ってる?」

「え?まさか。そんな大人げない。何時までも怒ってないでしょう」

「でも最近全然見掛けないわ。きっと私が嫌いで姿を見せないのよ」

「彼には別の任務があるのですよ?姫様が嫌いなんてそんなことあるはずないでしょう?」

「嘘よ、そんなの信じない」

「…姫様…」

ルウドが冷たい。数年前まで傍で口煩かったのにいつの間にか一定の距離を置くような態度で関わってほしくなさそうな口調だ。

ティアが近付いても撥ね付けるような言動で関わりたくもなさそうだ。

ーーーきっと薔薇姫が不良品で気に入らないのよ…

ルウドは現在騎士をしているが元々庭師の息子だ。
庭師の薔薇造りを見たり手伝ったりして育ち、薔薇造りも好きだ。

そんな彼に任されたのは白薔薇の苗と三番目の姫君。
薔薇の世話と幼い姫の護衛が仕事となったが、白薔薇姫の教育に失敗した。
失敗作を目にすると彼は目をそらす。

「…ねえハリス、庭師に見捨てられた薔薇はどうなるのかしら?」

「……ティア様…?」

もうどうしていいかわからない。庭師は薔薇を見てはくれない。

もう永遠に、気持ちだけ置き去りにされて…。