ハリスは哀れなルウドを見送ることしか出来なかった。
「……姫様、傷心の彼を責めてはいけません。そっとしておいてあげましょう?」
「知るもんですか。勝手に裏切られて落ち込んだだけでしょう?」
「可哀想と思うなら少しは優しくして差し上げてくださいよ?」
「自業自得でしょう?憐れむ気もおきないわ」
「……ティア様、ルウドがそんなにお嫌いですか?」
「違うわよ、ルウドが私を嫌いなのよ」
赤い薔薇は消えてしまった。
ルウドはぼんやりと川縁に座り、落ち込んでいた。
気落ちするルウドを心配してチラチラ様子を窺う城の人達もいたが声をかける者はいない。
ーーーあのジュリアがスパイ…。
けして職業差別するつもりはないがスパイではもう二度と会うことは無いだろう。
「ルウド、いつまでそうしているつもり?」
「……ほっておいてください…」
ルウドの後ろで身じろぎする気配がする。
わざわざ振り向かなくてもわかる。
ティア姫だ。白薔薇姫と呼ばれる清楚可憐な意地悪姫。
「さっさと仕事に戻りなさい。そんなところにいたら邪魔よ」
「あいにく仕事は休みです。誰にも迷惑掛けていないのですから何処にいようが私の勝手です」
「だからってこんなところで沈んでいても事実は何も変わらないわよ?」
「分かっていますよ。私など暇潰しの相手をさせられた程度のもので」
「そんなにあの人が好きだったの?」
ティア姫がルウドの隣でキラキラとルウドの顔を覗き込む。
一見罪のない綺麗な笑みと見てとれるがこの姫に限ってそれは有り得ない。
「恋も知らない子供には分からない事です。無意味にからかわないでください」
姫の顔が凍り付き、険悪な目付きになる。
「大人の事情に冷やかしで関わらないで頂きたい。あなたに関係ないでしょう?ほっておいてください」
「…分かったわ、なら勝手に自爆していなさい」
姫は何かをパラパラと落としてから走り去っていった。
何を落としたのかと後ろを見ると、遠くの薔薇園で泣きそうな顔をしてこちらを見ている兵士と目が合った。
指に触れる何かを見つけて取ってみるとそれは小さな白い玉。姫が首飾りに着けていたものだ。
「……」
嫌な予感がして立ち上がると転がる玉を踏みつけた。
「ーーーー……っ!」
ルウドの足下で玉が発光して大きな爆発音を奏でる。さらにその衝撃で周囲に転がる数個の玉も次々爆発した。
「悔しいいいいいいいっ!馬鹿にしてえええええっ!」
ティア姫が飛び込んできて部屋で暴れだした。
魔法使いゾフィーは困る以外に対策のうちようがない。
「……またですか…」
原因は分かっている。どうせまた白薔薇姫の庭師が何か暴言を吐いたのだろう。
報復されると分かっていていつもいつも懲りない御仁である。
「こうなったら徹底抗戦よ!反乱を起こしてやる!」
「…何故そんな過激な方向に突っ走るのですか?穏やかに話し合いましょうよ?」
「何を話し合うのよ!話し合うことなんてないわ!グレてやる!」
被害を被るのは周囲の者達である。
ここで姫を止めておかなければ騎士達の非難の的となってしまうがゾフィーには止めようがない。
白薔薇を愛しんで大切に育てた庭師は薔薇姫の気持ちが全く分かっていない。
姫の暴挙の原因がほとんどルウドに起因しているが当人全く気付いていない。
「さあ協力なさいゾフィー、存分に踊らせてやるわ!」
悪魔のような笑みを見せる姫にゾフィーは身を震わせた。