「……中沢」



気恥ずかしそうにこっちに向かってきた彼女に、思いきって声をかける。


たとえかっこ悪くても、不器用でも、今の自分の正直な気持ちを伝えようと。


だが……



「何? 塚原くん」



氷のように冷えきった瞳で俺を刺す、彼女の言葉に絶句した。


付き合い始めたあの日から、俺のことはずっと "伸平" と呼んでいたのに…。


たったそれだけのことが、こんなに苦しいとは思ってなかった。


そのせいで何も言えずにいた俺から視線を外し、中沢はそっと岩崎の手をとって、



「帰ろ、アッくん先輩」



俺に向けるものとは違う柔らかな笑顔でそう言うと、何事もなかったように店を出ていった。


ドアを閉める際に振り返って一瞬目が合ったけど……それも、すぐに逸らされる。


胸がズキズキと痛み、名状しがたい負の感情が俺の心を支配した。



──…奪ってやる。



そんなドス黒い考えが脳裏を掠めても歯止めがきかないくらいに、俺は中沢凛花という女に溺れてしまっていたらしい。


それによって引き起こされた行動が、彼女にさらなる嫌悪感を植えつけてしまうとは夢にも思わず……俺の身勝手な想いは留まることなく加速の一途を遂げるのだった。