「――……優しいんだね、平岡さん。ありがとう」
ナツくんが、わたしを見つめて笑う。
その笑顔は気をゆるめたようなやわらかいもので、たぶん、初めて見る表情だった。
「……っ、」
なんでかな。
その笑みに釘付けになって、息が詰まる。
目の前の笑顔が、いつものものより特別に思えるんだ。
わたしを見る瞳が、とても優しい色を宿していたように思えるの。
勘違いかもしれない。ただの自惚れかもしれない。
……でも。
確かに今、一瞬だけど。
ナツくんが少しだけ、心の奥に潜む笑顔を見せてくれた気がしたんだよ。
無理して笑ったりするんじゃなくて、自然に笑ってくれたみたいに――。
「はい、平岡さん」
「……へ?」
初めて見た笑顔に戸惑いつつも微かに嬉しさを覚えていたせいで、ナツくんの突然の呼びかけに間抜けな声を出してしまった。
わたあめみたいに甘くてふわふわと漂っていた思考が、急激に現実味を帯びていく。
ぱちくりとさせた目がとらえたのは、なぜかわたしに向かってパウンドケーキを差し出しているナツくんの姿だった。
固まっているわたしに、ナツくんがもう一度言う。
「はい、平岡さん」
「えっ、な、なに……」
「平岡さんの気持ちは嬉しいけど、やっぱり俺ばっかり食べるのは悪いからさ。だから残りは平岡さんが食べてよ」
そう言うや否や、ナツくんがさっきよりも窓辺に身体を近づけた。
そしてついさっき差し出していたパウンドケーキを、わたしの口元に寄せてくる。



