ふと、自分に向けられた視線に気づく。

その方向を辿ると、わたしとナツくんのやりとりをにやりとしながら眺めている茉理ちゃんがいた。

その表情はとても何かを言いたそうで、今朝彼女に言われたことを思い出す。


――『近づけばなにが起こるかわからないじゃん』


……別に、何も起こってないよ。

起こるどころか、ナツくんに恥ずかしい一面を見られてしまって気まずいだけ。

できることならついさっきの記憶を、ナツくんの中から抹消してほしいぐらいだよ。


「おっまたせー! 準備が遅いって監督にどやされる前に、さっさっと部活行こうぜー」


支度が終わったらしい横峰くんが先頭をきって教室を出ていく。

ナツくんと向かい合ったまま、立ち去るタイミングを計り損ねていたわたしは、空気を変えるように横入りしてきたその声にひそかに感謝した。

一方で茉理ちゃんは、呆れたようにその姿を追いかける。


「……ったく。誰のせいで遅くなったと思ってんのよ。じゃあ雫、また明日ね。部活頑張って」

「茉理ちゃんこそ頑張ってね。また明日」


ひらひらと軽く手を振りあったあと、茉理ちゃんは急いで先に行った横峰くんに続いた。

それを見て、突っ立ったままだったナツくんが床に置いていたエナメルバッグを拾い上げる。

そして一度逸らした視線を、もう一度わたしに向けた。

形の綺麗な唇が、ゆっくりと横に伸びてから開く。