「……あっ、そういえば。横峰くん、クッキー喜んでくれた?」
野球道具の形のクッキー作りをしていた茉理ちゃんの姿を思い出したわたしは、肝心なことを聞きそびれていることに気づいた。
確か茉理ちゃん、おととい会ったときに言ってたんだよね。
毎年バレンタインの日は朝に義理チョコを渡しているから、今年も朝のうちにさっさと渡すつもりと言っていたことを。
横峰くん、いつもと違う手作りお菓子を受け取ってどんな反応をしたんだろう?
いい反応をしたことを期待しながら茉理ちゃんを見る。
だけど茉理ちゃんは渋い顔で、「あー」とか「うーん」と言葉を濁してばかりいる。
その様子を心配しながら焦らさずに待ってみると、やがて小声でぽつりと言った。
「……実は、まだなんだよね」
「え……?」
「なんか、渡す直前に緊張しちゃってさ。まだ、渡せてないんだ」
そっ、そうだったんだ……。
てっきりいつも通りに渡せていると思っていたけど、よく考えるとそんな簡単じゃないよね。
だって、好きな人に渡すんだもん。
しかも初めてチャレンジした手作りお菓子を渡すとなると、いくらふたりが気心の知れた仲と言っても緊張だってするだろう。
「やっぱり、緊張しちゃうよね。いざ渡そうとすると」
「そうそう、面と向かうとどうしてもね。……あ、でもね! 放課後にふたりで遊ぶ約束だけはしたんだ! だからそのときに、落ち着いて渡そうと思ってる」
ぱっと表情を明るいものに切り替えた茉理ちゃんの声は、もうすでに次の機会を見据えていて前向きだった。



