ナツくんは手にしていた野球帽をかぶる。
そして軽く手を挙げて言った。
「じゃあ、そろそろ行くよ。お互い頑張ろうね!」
「うん、頑張ろう! 行ってらっしゃい」
送り出す言葉に、行ってきます、とナツくんは答えて。
体育館の入口付近で待っている横峰くんのもとへ、軽快な動きで駆けていった。
さて、わたしも頑張らなくちゃね!
そんなうきうきした思いで振り返ると……茉理ちゃんがすぐそばに立っていて、危うく心臓が止まりそうになった。
「うわ!! まっ、茉理ちゃん!?」
「なによー、そんなに驚くことないじゃん」
「いや、そうだけど……!」
こんな背後にいきなり立ってたら、さすがに驚いちゃうよ!
……ていうか、いつからそこにいたんだろう。
もしかしてナツくんとの会話、聞かれていたのかな?
別に、聞かれちゃダメなことを話していたわけではないけど、茉理ちゃんが聞いていると何かと厄介だ。
だって……。
「ふふー。よかったね、雫! “すごく似合ってる”って言われて!」
「うう、やっぱり聞いてたんだ……」
ほら。
こうやって、にやにやした顔でからかってくるんだもん。
よりによって、一番からかいやすいところを聞かれていたなんて……。
思い出すだけで赤面してしまう。
「大丈夫。話は聞いてたけど、ふたりがいい雰囲気のときはちゃんと離れて見てたから!」
「そういう問題じゃないと思うけど……。それに、いい雰囲気じゃないよ。似合ってるって言ってくれたのも、きっとお世辞だろうし……」
さっきまでは、ナツくんの言葉ひとつで舞い上がっていた。
でも一度冷静になると、嬉しかった気持ちがこぼれ落ちるように自信を失っていく。



