さくらの花が咲く頃に

夜。

花も鳥も寝静まった頃、私はベッドの中で、まだ眠れずにいた。

なんと言ったって、今日はずっと会いたかった彼に再会できた日なのだ。

そんな簡単に寝られる訳がない。

私はそんな、図太く出来てないわ。


ごろんと、何度目かの寝返りをうつ。


……これから、どうしよう。

彼を、好きでいていいのかしら。

隠していれば、いいのよね。

気を付けないと、王宮内のスキャンダルになってしまうもの。

人間界にも、魔法界の者たちがいるというし、もしその者にばれてしまったら、魔法界にだって一瞬の内に知れ渡ってしまう。


『結婚を控えたリラ王女、人間界留学の目的は初恋の相手との再会!』


そんなことになったら、私の価値はすぐに転落。そして、王宮のみんなに迷惑がかかる。


いっそ気持ちを伝えてしまえればいいのだけれど、そんなのリヒトが許さないわよね。

それに、どこに魔法界の者がいるかわからないし。


やっぱり、隠すしかないんだわ…。


わかっていたはずなのに、そう思うと無性に悲しくなって、涙が零れた。

まくらに垂れて、ひたりと濡らす。

その水滴は、音もなく流れ出て、私の視界は一気にぼやけてしまった。


昼間は泣けない。

リヒトが見てるし、マーガレットに心配かけられない。

でも、夜ならいいんじゃないかしら。

誰もいないもの。

今は、私はただの女の子で、自由なことができるのよ。


私は適当に納得して、布団を横に剥いでベッドから抜け出した。

スリッパを探すのも面倒で、そのまま窓に近寄る。

カーテンを小さく開けると、月の光が入ってきた。

今日は満月かしら?

きっとこれがまんまるよね。

それでも、魔法界の月より、小さくて儚くて、もう少しで夜の闇にのみ込まれてしまいそう。


私は、満月に魅入られるようにして、バルコニーに続くガラス窓を開けた。

裸足のままそっと降り立つと、肩にふわりと何かがかかった。

ハッとして振り向く。


「……見つかってしまったわね」

「まだ夜の寒さはお身体に悪いですよ」


リヒトだ。


「眠れないのか?」

「……ちょっとね」


私はガウンを胸の前にかき寄せて、振り返り曖昧に笑って見せた。

でも、理由は、きっとわかっているのでしょうね。


「とりあえず、外へ一人で顔を出すような真似をしないでください。危険ですよ」

「…ごめんなさい。でも、危険になんて…」

「悪魔界の者たちが、いつ襲ってくるかなんてわかりませんよ」

「だってリヒトが守ってくれるでしょ」

「だから。俺がそばにいなくては意味がないでしょうが」

「マーガレットが言ってたわ。あなたほど優秀なナイトはいないって」

「それは学問に関する話で…」


ふふ。

リヒトを言いくるめたわ。


「リラさま、冷えますよ。そろそろ部屋に戻ってください」

「あら、話を逸らしたわね?…いいじゃない、もう少しだけ」

「夜の風は身体に悪いですよ」

「月が綺麗ね」

「…リラさま…」


リヒトは溜め息をつくと、私の背中を強引に押して部屋に入れた。

もう。けちなんだから。


「リラさま、明日も学校でしょう。早くお休みになってください」

「リヒト、あなたこそ明日も学校よ。早く休みなさい」

「ったく。ガキが心配してんじゃねえよ」


まあ。怒った?


「リヒト、怒ったの?リヒト?」

「そりゃ怒るだろ。ふざけてないで早く寝ろ」


ああもう、完全に言葉遣いが乱れてるわね。


「わかったわ、寝るわよ。寝ればいいんでしょ、おじさん」

「まったく。困った王女だ」


クスクス笑いながらベッドに入ると、さっきより少しだけ幸せな気持ちになっていた。