ある休み、私は、掛川さんと薫ちゃんと共に、少し遠出をしていた。
掛川さんの車に乗せてもらったのは、初めてだ。

掛川さんは、車の中でもやっぱりお洒落なジャズをかけた。
私は、後部座席で薫ちゃんと一緒に歌う。
掛川さんが、たまにハモったりする。

幸せって、こういう瞬間のことを言うんじゃないかな、と思う。


私はいつだって、幸せになりたいと思っていた。
「幸せ」と感じられる瞬間は、ずっと先にあるものなんだと。
それは、安定に裏打ちされたものなんだと、ずっと思ってた。

だけど、今ならそれは違うと言える。

未来なんて、見えなくても。
約束なんて、何もなくても。

こんな瞬間が、幸せなんだって。
私の求めていた形ではないかもしれない。
だけど、これこそが幸せの本当の姿なんだと。

完璧な人なんていない。
だれだって、大なり小なり、心に悲しい記憶を抱えている。
それでも、だからって、幸せになれないわけじゃない。

そうだよね、掛川さん―――


掛川さんが、私に教えてくれた。
本当に大好きな人といるときの、心が震えるような幸せを。
そして、生きていることの喜びを、教えてくれたのは、あなたなんだよ。


隣で、無邪気にはしゃぐ薫ちゃん。
私に、そんな顔を見せてくれるようになった薫ちゃんが、本当に愛おしい。

私は、子どもを産んだことはない。
だけど、薫ちゃんはまるで―――

自分でお腹を痛めて産んだ、我が子みたいに思えるんだ。



「もうすぐ着くよ。」



掛川さんが、そんな私たちにとびきりの笑顔を向けた。
私の心は、満月の日の海みたいに、静かに満たされた。