「嘘だったんだな」
私の隣でハンドルを回しながらクスッと笑った彼。

何が?と聞くと、“田舎ってこと”って言った。

あれはね…。
どうしても、挨拶に行くのが嫌で適当についた嘘だった。

私の地元は、埼玉の中でも都心の方。

自然のおいしい空気…とかは全然ないけど、都会すぎでもなく、田舎でもない地元は好きだった。

だからこの町を出るときは、寂しかった。

いくらあさみも一緒に上京するとはいえ、18年間ずっと暮らしてきた町だったから。

恋しくて、寂しくて、仕方なかった。


6年もの間、よく帰ってこないでいれたな。

久しぶりに見る懐かしい景色が、ひどく切なかった。

「いい町だな」

「…でしょ」

車通りがまばらな広い道路。

ここが、好き。

本当は、ずっと帰ってきたかった。

年末年始やお盆に、あさみと一緒に帰ってきたかった。



成人式も…こっちのに出たかった。


いろんな思いが、交差して。

なんだか苦しくて、胸がいたい。
唇を噛んだら、少しだけ安らかな気分になった。


「本当に、お父さんいらっしゃるんだよな?」

「多分ね…」
自分でも声のトーンが低いのが分かる。

それに彼は“不安だよ”って、小さく笑う。


お父さんには、電話をしていない。

急に私が行ったら、腰抜かすかもしれない。


…もう、帰ってこないと思ってるだろうね。



彼は挨拶に行くってことを曲げなかった。
当たり前か。
そんなことでゴチャゴチャ言う私がおかしいんだもんね。


でも、今でも、帰りたいと思ってる。

帰りたいというよりか、家に、行きたくない。

この町にいるんだったら、いつまでもいられる。



でもあの人には、会いたくないよ…



だけどもう、引き返せない。

戻れない。

家からすぐの、よく通っていたパン屋が見えたとき、私は息を飲み込んだ。