日本への渡航理由はこじつけではなく、本当のことだった。それゆえにカイ王子は疑問を抱くことすらなかっただろう。
フリッツは有能な男だ。彼自身は民間出身で、叩き上げでここまで来た。実務能力はおそらく私以上だろう。本来ならば彼こそが侍従を束ねる立場に相応しい。
彼ならば安心して私の代理を任せられる。幼なじみという立場から私はカイ王子の性状を知り尽くしてはいるが、所詮その程度しか長けたところはないのだ。
(私も……劣等感というものはあるのだな)
私より年若く有能な相手に初めて会った時、これは敵わないと本能的に悟った。だからといって対抗心を燃やしたりライバル視するなど愚かしい。仕事に私情を挟むなど、私たちの立場では許されない。それゆえ、表面上は何事もなく淡々とやり取りをした。
そんな私の中に焦燥感や苛立ちがあったなど、誰も気づかなかっただろう。カイ王子にはいつも鉄面皮と揶揄されるが、仕事に必要だから表情を出さないだけだ。
私だとて、笑いたい時くらいある。怒鳴りたくなる時も、驚く時も。それをしなかったのは私情を完全に排除せねばならない仕事だから、と。
何よりも、私の能力不足からくる恐れだった。 感情を露にしてしまえば、おそらく私は失敗をするだろうと。
素直に感情を表さないことがほぼ24時間365日休みなく続けば、やがて己というものが解らなくなっていく。
貼り付けた仮面が本物になってしまったようで、背筋がぞっとしたものだった。



