なるほど、と得心がいった。
雪菜の女っけがまったくないさっぱりした性格は、彼女の生い立ちや複雑な環境に育てられたものか。
彼女はきっと、もとから人懐っこい明るい性格だったに違いない。 きちんとした家庭で育ったならば、友達が多い人気者になったはず。
けれど、子どもは生まれ育ちを自ら選べない。どんなに泣こうが喚こうが、大人が決めたルールや環境に従うしかないのだ。それがどれだけ悲惨で過酷で理不尽な場所でも、すがれるのはそこのみ。生きるために子ども達は言葉を飲み込み耐えるしかないのだろう。
ふと、先日カイ王子とともに訪れた孤児院を思い出す。山村に造られたその施設はカイ王子の暗殺未遂事件が起きたが、物騒な中で巻き込まれた子ども達は先生や職員の指示によく従っていた。
それはとりもなおさず堅い信頼関係を思わせるもので。子ども達は全幅の信頼を職員に置いていたし、職員も子ども達の素直さを受け入れて。
信頼度が無ければ子ども達はパニックに陥り、収集がつかない事態になっていただろう。それがなかったのは、ひとえに互いの信頼を疑おうともしなかったから。強い絆がもたらしたものだった。
もしも雪菜があの施設で育ったなら、もっと素直に自分を表して好きなように自由に振る舞えたはず。
子どもというものは苦手だが、子どもは大人への絶対的な信頼が無ければ子どもらしく育たない。あちこちの施設を巡った後にそう感じた。



