実際、下町に来たのは生まれて初めてだった。
私の実家は北部に本邸を構えていたが首都にも別邸があり、そこで暮らす私は移動時に必ず車を使う。それは生まれてから当然の習慣であり、自らの足で道を歩くなど滅多にないことだった。
城を抜け出すのも相当な苦労をしたが、カイ王子が嬉しそうに笑うものだから(ま、いいか)という気分になった。
『ほら、アルベルト。あれがベルンハルト城だ。 キレイだよね』
雪が降るまでまだ猶予はあったが、風が冷たい中でカイ王子はお城を指さす。その指先と頬は寒さのせいか真っ赤になっていた。
私は無言で自分の手袋とマフラーを取ると、カイ王子の手に手袋をはめて顔が隠れるほどマフラーをぐるぐる巻きにする。
『アルベルト、暑いよ』
『これくらい当然です。風邪をひいたらどうしますか』
カイ王子が不満げな目で抗議をしていたが、それはすぐに違う色に変わる。彼は私から違う場所へと視線を移し、猛ダッシュで走り出した。
『カイ王子!』
直ぐ様腕を掴もうとしたが、間違ってマフラーの尻尾を掴むに留まる。しゅるりとほどけたマフラーを尻目に、カイ王子は一直線にある場所へと向かった。
そして、彼は興奮気味に私へ向かい叫ぶ。
『アルベルト、見て! こんなにいろんな菓子があるんだ。ぼく、初めて見たよ』
カイ王子がはしゃぎながら眺めていたのは、下町独特の菓子屋だった。



