資料には日本での襲撃や先日の狙撃についても事細かに記してある。
表立って公表はなされなくとも、毒殺未遂や事故を装った暗殺未遂も何度もあった。
それも全てタヌキの孫のフランツが生まれてからの話だ。
留学に関しても世間知らずのわがまま程度にしか考えていなかったのだろう。それが蓋を開ければ、常に命を狙われる立場だった――今まで知らされなかった私を取り巻く現状に、記者たちは絶句するしかないようだった。
雅幸が交換留学を提案したのも、真実は私の身を案じたためだ。祖父王が許可を下さったのだって、私を心配してやむを得ずだった。母上も言わずもがな。
事実、入れ替わってからヴァルヌスでの“カイ王子”への暗殺未遂はピタリと止んだ。雅幸は一度も狙われることがなかった。
交換留学を報道協定で秘匿扱いにしたのも、フェイクの引っかけ。タヌキの目を欺くために、わざとそうしたのだ。
案の定あっさりと乗ったやつは、たびたび日本へ刺客を寄越してきた。だが、自国と違い海を隔てた遠い異国では影響力など知れたもの。
ショボい相手を軽くいなしながら、証拠集めは入念に行った。
そして、その成果は今手元にある資料の中に収められている。
明らかに私“だけ”を狙った分かりやすさに、気のせいと口を挟む余地もないだろう。
交換留学の最大の理由は、私の身の安全のためだったのだ。
それを理解した記者団からは、得心がいった呟きが漏れていた。



