「お客さん…その席で良いんですか?」

「え…?……ええ。」

いきなり予想もしていなかったことを尋ねられ、私は咄嗟にそう答えた。



「本当に良いんですか?
本当は違う席に座りたいんじゃないですか?」

老主人が、何のことを言っているのかはすぐにピンと来た。



「そういえば、そこの席はなぜあんな状態になっているんですか?」

「特別な人にだけ座ってほしいからなんです。
ずっと掃除もせず、あんな状態にしておいたら普通の人はまず座ろうとはしないでしょう?」

「特別な人…ですか…」

それが、私だと言いたいのか?
それとも偏屈な主人にからかわれているだけなのだろうか?
私には、彼の意図する所が皆目わからなかった。




「なぜ、特別の人にだけ座らせたいんですか?」

「……それは、そこが特別な椅子だからですよ。」



まるで言葉遊びでもしているような答えだった。
だが、彼はあの椅子に私を座らせたがっている気がした。
そして、私自身もそうしたいと感じている。
特別な椅子とはどういうことなのか…おそらく座っても実感はないだろう。
でも、私があの椅子に座れば、その後にきっと店主はその椅子にまつわる思い出話をしてくれる…そんな風に考えた私は、彼に尋ねた。



「私があの椅子に座りたいと言ったら、許していただけるのでしょうか?」

店主はほんの一瞬微笑んだように見えたが、すぐに無表情な顔に戻り黙って頷いた。



私は席を立ち、隣の席に移動すると、ハンカチで椅子の上の埃を払った。
白い煙のような埃が空気の中を舞い踊る。
埃を吸いこまないように片手で口許を押さえながら、ある程度の埃を払うと、私はその椅子にゆっくりと腰を降ろした。

一瞬、頭の中が真っ白になったような…眩暈にも似たものを感じて私は目を瞑る……




……目を開いた瞬間、私は違う場所にいた。