「お兄さん、遅いよ!早く、早く!」

瑞月が、手招きをしている。
と、いうことは、私が眠っていたのはほんの束の間のことだったのか、それとも、眠ってる時間はなかったことにされているということなのか…
私にはその理由がわかるはずもなかったが、とにかく、あの果てしなく続くかと思われた繰り返しが終わったことに私は胸を撫で下ろした。



「すまなかったな。」

「とにかく早く帰らなくちゃ…!」

「そうだね。
遅くなったら君のご両親が心配するだろうからね。」

「……お兄さん、僕には両親なんていないよ。」

「……そうだったのか…
それはすまなかった。
では、君は誰と暮らしてるんだい?」

「誰と…って…
僕は誰とも暮らしてないよ。」

「一人なのか?」

「そうだよ。
ほとんどの者は一人だよ…
そんなことより、急がないと…!早く!早く!」



瑞月に手をひかれ、私が着いたのはあの本屋だった。



「君の家はここなのかい?」

「違うよ。ここは本屋さん。
ねぇ、お兄さん、僕の絵本を見る?」

「君の絵本…?
そうだね、じゃあ見せてもらおうかな。」

なぜ瑞月が自分の家ではなく本屋へ連れていったのかはわからない。
今さらになって気付いたことだが、ここには人がいない。
たいていの場合は、店の奥に店主がいたりするものだが、ここにはそういう空間もなければ店主らしき人もいなかった。

瑞月は、一冊の桃色の背表紙の絵本をもって、私を店の片隅に連れていくとその場に座りこんだ。
私も彼に倣い、そのままその場に座りこむ。



「これが、僕の絵本なんだ。」

瑞月が差し出した絵本のページをめくる…

それは、ある女の子が生まれてから死ぬまでのことが簡潔に綴られた内容だった。
特に、これといって面白い事もなく、ごく平凡な女の一生といった感じだろうか…



「どうだった?」

私が絵本を閉じると同時に、瑞月はとても嬉しそうな顔をして、私にそう問うた。



どうもこうも、特に感じる事はなかったのだが、瑞月の顔を見ているととてもそんな感想は言えない。



「とても良いね。」

「そうでしょう?
すごく良いよね!!」

瑞月は、今まで見せたことのないような笑顔を私に向けた。