竜の大きな鉤爪が、私の身体を持ち上げ締めつける。
このままでは、食われる前に全身の骨がへし折られてしまうのではないかと思われた。



「人間よ。
私が怖くないのか?
食われるのが恐ろしくはないのか?」

「……お、おそろしい…に…決まってます…よ…」

締め上げられる苦しさから、私はそう言うのがやっとだった。



「では、闘え!
生きるために私に立ち向かえ!」

そう言い、竜は私の身体を離した。
私は、それと同時に地面に落ち、強かに腰を打った。



「さぁ、その剣を抜け!」

「いやだ!
私は、何の遺恨のない者に刃を向けることはしたくない!」

「この期に及んでまだそんなことを言うのか…!
今度は容赦はせぬぞ!
私は、おまえのその身体を食らってしまうぞ!」

「結構だ。
あなたの好きにすれば良いでしょう。
どこからでも、食べれば良い!」

私はそう啖呵を切り、腰の剣を滝壷の中に投げ捨てた。



竜はそんな私の様子を黙ってみていたが、そのうちに雷鳴のような声で笑い始めた。
いや、もちろん竜の顔つきが笑顔になったわけではないのだが、あれはきっと笑い声だったのだと思う。



「おまえのようなおかしな人間は初めてだ。
ひさしぶりに楽しませてもらったぞ。」

そんな勝手なことを言う竜に、私は返す言葉がみつからなかった。



「もうそろそろ許してやっても良い頃かもしれぬな…」

許す……?
竜が何のことを言ってるのか、私にはわからなかった。



「一体、何を……」

そのことを質問しようとした時、竜が自分の片目に鋭い鉤爪を突き立てた。
呆気に取られ、呆然としている私の目の前で、竜はなおも深く爪を突き刺し、自分の目玉を取り出したのだ!



「な、なんてことを…!!」

竜は、血肉にまみれたその目玉を私に差し出した。



「さぁ、早く受け取れ…」

私がおそるおそる両手を差し出し、その大きな目玉を受け取った。
私の手の平にのせられた瞬間、その目玉は徐々に姿を変え始めた。
赤い血肉と目玉がどんどん縮小し、小さな赤い宝石に変わったのだ。



「あ…ありがとうございます…
しかし、あなたのその目は…」

ごっぽりと深い穴があいた眼孔からは血が滴り、酷く痛々しい。



「案ずるな。
こんなものは一月もすれば再生する。」

「そうなんですか……!
それは良かった…!」

「……私の目のことを心配するとは…おまえはつくづく変わった奴だな。
とにかく、早く、それを持って行ってやれ。」

「わかりました。では、行きます。
本当にどうもありがとうございました。」

私は竜神に頭を下げ、その場を離れた。
懐の赤い宝石をしっかりと押さえながら……