「こちらは鯵(あじ)が大漁だったので、たたきを作ってみました」

「“海の男”ですね。鯵のたたき、楽しみです」

彼女が互いに行き来することを“当たりまえ”と思ってくれているのがとても嬉しかった。

山下さんの日常に、ほんの少しだが俺の居場所を見つけたような。

勝手ながら、そんな気がして。

山下さんと一緒にいると本当に飽きることがない。

考えなくても次から次へと話題が浮かび、いつまででも話していられる気さえした。

しかしながら――。

「あっ。私、そろそろ朝の業務に取りかかりますね」

「えっ」

楽しい時間は瞬く間にすぎていく。もうそんな時間だったとは……。

結局、彼女と話すのが楽しいのをいいことに、大事なことは切り出せないまま今に至る。

俺はちょっと迷っていた。

話をうやむやにせず、彼女が俺を避けていた理由を率直に聞こうと思っていたわけだが……。

なんとなく、本当になんとなくなのだが、彼女がそれを望んでいないような気がして。

できればそれに触れて欲しくないのか、と。

根拠をうまく説明しろと言われると少々困る。

ただ、「これからもよろしくお願いしますっ」という言葉には、何やら念押しするような、ちょっとした凄み(?)があった。

それに、せっかくこうして関係修復(?)ができたのに、話を蒸し返してぎくしゃくするのは御免こうむりたい。

だから……その件については、今はとりあえず保留としよう。

ただ――。

「山下さん」

「はい。なんでしょう?」

どうしてもこれだけは伝えなければ。

「こうして山下さんと話せない間、ずっと――」

俺と彼女、ふたりの静かな眼差しがゆっくりと交差した。