博士と秘書のやさしい恋の始め方

悪びれもしない沖野先生に、正直ちょっとイラッとした。

そんな家庭的な旦那さんがいるのに? 

幼いお子さんを放置して? 

なんだか身勝手すぎるんじゃない? 

私はもちろん聖人君子なんかじゃない。

結婚も出産もしたことないから、主婦業や母業の苦労もきっとわからない。

けど、それでもやっぱり軽蔑せずにはいられなかった。

田中先生だって……家庭のある人とわかっていて付き合うって、いったいどういう考えなの? 

誰よりもお子さんが可愛そうじゃない!

「あー、駿ママは実験好きなんだもんねえ。でもほら、先生方が実験するようになったらテクニカルの仕事減っちゃうし。それに論文書く時間なくなっちゃうでしょ」

しれっとする沖野先生に、三角さんがはいはいと慣れた様子で苦笑する。

「それにしても羨ましいわよねぇ。家事のできる旦那って。そうそう、駿ママの旦那さんて、田中先生とは同じB大学の研究室出身で先輩後輩なのよ」

「ええっ」

それじゃあ、沖野先生は自分の旦那さんが知ってる人と……!? 

私はもうなんともいえない気持ちで、どんな顔をしていいのかわからなかった。

そんな気持ちを三角さんは知るよしもなく――。

「山下さんは田中先生のお気に入りなのよ」

「三角さんっっ」

よりによってこの話の流れはないですっ……。

なんだか怖くて、沖野先生の顔が見られない。

「アタシだって田中クンと親密な仲だもん」

ええっ!? な、なんですと!? 

思いがけない発言に反射的にそちらを見遣ると、沖野先生は何食わぬ顔でもぐもぐとタコライスを口に運んでいた。

この人、こんなところで何言っちゃってるの?
 
三角さんもいるのに? 

まさか……三角さんはすべてを知っているの?

「田中クンとは部屋を行き来したり、手料理をご馳走し合う仲なんだから」

もう何がなんだかわからない……。

まさかまさか、旦那さん公認の仲だとか!? 

いや、いくらなんでも……。

けど、世の中いろいろな夫婦がいるというし。

沖野先生、はっきりいって風変りだし。だとしたら、旦那さんだって……。