土曜日の朝なのに、こうして起きてきちんと着替えているなんて。といっても、これから休日出勤なので当たり前なのだけど。

普段は土曜も日曜も昼すぎまでパジャマで布団の中という、まさに惰眠を貪るだけの休日をすごしている私。

本所にいた頃は、土曜も日曜も早起きして有意義に過ごしていた時期もあった。そう、遊佐先生と付き合っていたあの頃は……。


きっかけは、どこかの若手の先生が「ラボ同士の交流も大切ですよね~」と企画した飲み会だった。

遊佐先生はフロアも違うよそのラボの先生で、すれ違えば会釈をする程度の顔見知りだった。

挨拶や会釈を交わすといっても、秘書の私が一方的に存じ上げているというだけで、先生のほうは私がどこのラボの人間かも知らなかったと思う。

飲み会は四つのラボの研究員と秘書が集まり、「今日は難しい話は抜きで盛り上がりましょう」と始まった。

そうは言っても結局のところ話題になるのは「そういう話、飲み会でする?」というネタばかり。最近の研究動向や出身大学の研究室のことなど、いつの間にやら話題は自然と“難しい話”になっていた。

もともと話題が少ないというか、限定されすぎているというか。学術界に住まう先生方にとっては、それが日常で普通なのだから仕方がない。

「山下さんは大学では何を専攻されていたんですか?」

最初に話しかけたのは、遊佐先生のほうからだった。

「外国語学部でドイツ語を専攻していました」

「ええっ、ドイツ語ですか!? 僕、ドイツ語勉強中なんですよ」

環境先進国であるドイツは、遊佐先生にとって興味と関心のある国のひとつだ。論文はもちろん英語で読むことができる。けれども、それ以外の資料はそういうわけにはいかないし。

会話については、日本人と違ってドイツ人は全体的に英語力が高いので、おそらく研究者同士でなくても英語さえできれば困ることはない。

それでも遊佐先生は、ドイツ人とドイツ語で会話できるのを目標に勉強中なのだと教えてくれた。