博士と秘書のやさしい恋の始め方

その話、その言葉は私も知っていた。

「ケストナー、ですね」

「さすが、よく知っている」

私の指摘に嬉しそうに彼が笑う。その笑顔が今度は私を笑顔にする。

エーリッヒ・ケストナーはドイツの作家で、世界で読み継がれる数々の児童文学の名作を残した人物である。

「文学じゃなくてドイツ語専攻でしたけど、それなりにドイツ文学は読んできたので。それに、ケストナーは子どもの頃に好きでよく読みましたから」

「俺も。よく読んだ」

ああ、こういう小さな“一緒”が、こんなにも嬉しいのはなぜだろう。

「でも、子どもの頃は納得いかないところも多かったな。親の離婚なんて現実では子どもに解決できるわけねぇじゃん、とか思ったりして」

「それ、双子が入れ替わって離婚した両親を仲直りさせようとするあの話ですね」

「そうそう、その話」

こうして笑顔で語らっていても、本当は胸がいっぱいだった。彼が大切な話を聞かせてくれたことに。

「靖明くん」

「なんだろう?」

「私は靖明くんが“惚れた女”で間違いないですよね?」

唐突なのも、おかしな言い回しなこともよくわかっていた。

「間違いないが……いきなり何の話だろう???」

「ただの確認です」

「本当に?」

「ほらほら、そうやって難しく考えない。でしょ?」

「まいったな」

困ったように笑う彼が可愛くて愛しくて、私はその腕にしがみつくように抱き着いた。

そうして――やっぱり私たちはどちらからともなくキスをして、素直に互いを求め合った。