博士と秘書のやさしい恋の始め方

飄々した表情で淡々と語る彼に、私はどんな顔をしていいのかわからなかった。

「それでも俺は幸運だったというべきなのかな。祖父母はよくしてくれたし、経済的に困窮することもなかったし。ただ――」

彼はそこで一旦言葉を区切ると、静かにそっと目を伏せた。

「やっぱり、子どもの頃はそれなりに辛かったな。大人の事情なんてわからないから、自分が置いていかれた理由がわからなくて」

靖明くん……。

かける言葉を見つけられない情けない私は、ただ彼の肩をそっとそっと優しく撫でた。

「俺の家の場合は親権争いなんて言葉とは無縁だったから。望んでもらえないというか、選んでもらえないというのは、子どもにとってはしんどかったんだな」

胸がずきんと痛んで、今日の今日、彼が私に言ってくれた言葉が頭をよぎった。「俺を選んでください」という彼の言葉が。

私はもうたまらなくなって、泣きそうになりながら彼に覆いかぶさるように抱き着いた。

「靖明くん」

「すまない、こんな話……」

「謝ることじゃないです」

「なんだかいつもと逆転してるな」

「え?」

「だいたい謝るのは何故かいつもあなたで、“謝ることはない”というのは俺の台詞だから」

彼はそう言うと、ゆっくりと体を起こして私の頭をよしよしと撫でた。

言われてみれば確かに彼の言うとおりかも……。それに気づいたら――何がおもしろいのか、何が嬉しいのかわからないけど、なんだかあったかい気持ちがこみ上げて、私たちは顔見合わせて微笑みあった。

「まあ、俺の両親の場合は離婚が間違いだったとはいえないだろうし。あのまま、愛情もなくケンカの絶えない両親に育てられるのが幸せだったかというと……」

「難しい問題ですね、本当に」

「親が離婚して不幸な子どももたくさんいるが、離婚しないがために不幸な子どもも同じくらいいる、なんて……そういう話もあるからな」