博士と秘書のやさしい恋の始め方

そういえば――。

「あのね。靖明くんの名前の由来とか聞いてもいいですか?」

「俺の名前?」

「そうです。ほら、まえに私の名前の話を聞いてもらったことがあったけど、靖明くんのは聞かずじまいだったので」

「沙理と違って、俺のは大した名前じゃないから」

「えーっ。私、すごくいいと思うんです。字も響きも好きだなって」

落ち着いていて凛とした涼やかな感じがあって。彼にとても似つかわしい、素敵な名前だと思う。

「靖男と明美の子だから靖明。ただそれだけ」

「え?」

いきなりご両親の名前が出てきて、ちょっとだけびっくり。

「なるほど、ご両親の名前から一字ずつという……」

「ちなみに、子どもにそんなベタな名づけをした両親は離婚してる」

「えっ……」

「俺は祖父母に育てられたようなものだから」

そうして彼は自分の家族と子ども時代について話してくれた。

「靖男は浮気、明美も外に男がいて。結局は、明美が家を出て行って離婚。靖男は男手ひとつで子育てする甲斐性なんてなくて。実家に俺をあずけた、と」

彼の子ども時代は、ごく普通の家庭で育った私には聞くにつらい淋しいものだった。

そして、沖野先生が言っていた「田中クンは絶対に浮気とかしないだろうから」の根拠について、私はようやく理解した。

「靖男は初めこそ東京からB市まで息子に会いにきていたけど、だんだんその頻度は減っていつしか疎遠に。まあいろいろあって、今は東南アジアのどこだかで暮らしてる。妻も子どももいるらしい。ああ、ちなみに明美は消息不明」