彼女からその言葉が出たことにはっとした。

そして、遊佐とは縁がないと言い切る彼女に、俺はいっそう自分との縁を感じずにいられなかった。

「“縁”のない人に“念”を押されたんです。口止めをされたんですよ」

「いったい何を?」

「僕と関係のあったことをバラしたら承知しないぞって。あることないこと騒ぎたてて僕の結婚の邪魔すんなよって。なんか、念願の逆玉婚なんだそうで……」

逆玉だかなんだか知らないが、どこまで身勝手な男なんだ。あの男がしたのは念押しではなく、明らかな脅しだろうがっ。

「大丈夫だったんですか!? まさか、怖い思いをさせられたり……!?」

「大丈夫です。ふたりで話せるところと言われて資料館のあの場所を選んだのは私なんです。静かで外からよく見えるから」

だからって、あの性悪男は何をするかわからないだろうがっ。

「あなたともあろう人が……まったく、何故またそんなバカなことを」

そうして俺は愛しい彼女を抱きしめた。

まったく、本当に――あなたともあろう賢いひとが、あんな男にひっかかったりして。

無視すればいいものを、わざわざ話を聞きに付いていったりして。

あんな男に、あんなどうしようもない男に……。

「バカだと思います、自分でも」

「(沙理……?)」

決して不貞腐れた言い方でも、いじけた言い方でもなかった。彼女は俺の腕の中で、穏やかに淡々とこう言った。

「私、見せつけてやりたかったのかもしれません。まえとは違う自分を。遊佐先生を見返してやりたいとかではなく、なんていうか……そうすることで、完全に手放したかったんだと思います」

「手放す?」

「そうです。わかりやすく決別したかったんです。あの頃のエピソードとも、あの頃の自分とも。でも――間違いでした。ああすべきではなかったんです……」

彼女はそこまで話すと、落ち込んだようにしゅんとした。

「偶然とはいえ、私のひとりよがりに靖明くんをまきこんで――迷惑をかけて、嫌な思いをさせてしまいました……」