博士と秘書のやさしい恋の始め方

私は不貞腐れながら、先生のそばにいっそうぴたりと寄り添った。

「ひどいです、先生」

「いや、すまない。しかし、あまりにおかしかったから」

「笑いを提供できて何よりです……」

「けっこうな笑いを頂戴しました」

先生はそう言いながらもうひとつおまけにくすりと笑うと、私の髪をくしゃりと撫でた。

「しかし、ぐうたらだのなんだのというのはまったく受け継がれませんでしたね、あなたには。まあ、酒好きのくだりはともかくとして」

「最後の部分、余計です」

「そうですか?」

「そうですよっ」

私はちょっと拗ねながら、先生の腕に思いきり頬を寄せた。

「それにしても。お祖父さんは、なぜその人物の名前をそんなにつけたかったのだろう?」

「ああ、それはですね、祖父は佐理の書が大好きで。あ、私の祖父、書写教室をやっている書道の先生だったんです、一応」

「そうだったんですか。それであなたも?」

「幼稚園のときからです」

そう答えると、先生から意外な言葉が返ってきた。

「俺は小学生のときからです」

「え?」

ちょっと話が見えない。

だって、先生が書道を……ってことはないだろうし。

「俺が祖父の影響で合気道を始めたのは、小学生にあがってからでした。といっても、俺は祖父ではなく別の先生に指導を受けていたんですが」

まさか、先生の合気道がお祖父さんの影響で始めた習い事だったなんて。

そんなこと思ってもみなかった。

私ってば勝手に、学校の部活とか大学のサークルとかで始めた趣味だとばかり思いこんで。

ひょっとして、先生もお祖父ちゃん子だったのかな? 

私たちって、なんだか――。

「俺たち、なんだか似ていますね」

「えっ」

心の中で思っていた台詞を、そっくりそのまま言われた。

先生の声は優しくて、その眼差しはあたたかくて、その体温は心地よくて。

ふたりを包む空気が、いっそう甘やかに色づいた。

「沙理」

耳元で囁くように名を呼ばれ、心臓がどきんと跳ねる。

ドキドキしすぎて声がでない。

でも、たとえ言葉はなくとも平気だった。

おずおずと顔を上げる私と、そんな私を見守るように優しげに見つめる先生。

柔らかく静かにまじあうふたりの眼差し。

私たちはどちらからともなく近づいて、そうして――私から先生の唇に口づけた。