博士と秘書のやさしい恋の始め方

あとあとになって名前の由来となった人物について詳しく知らされた母は、唖然としたという。

その人物は「沙理」ではなく「佐理」で、「すけまさ」或いは「さり」と読む。

藤原佐理は平安時代の書家で、小野道風(おののみちかぜ)と藤原行成(ふじわらのゆきなり)とともに三蹟(さんせき)のひとりに数えられる高名な人物である。

ちなみに、三蹟というのは和洋書道の大御所三人といったところか。

この部分だけ聞くとすごく立派な人物でよさそうな気もする。

父や母が聞かされていたのも、この辺までだったらしいし。

ところがところが――。

「書の腕前は素晴らしかったらしいんですけど、あまり品行方正な人ではなかったみたいで」

「というと?」

「ぐうたらで怠け癖のある人で、常識外れで」

「ほほう」

「おまけに――」

ここまで言っておいて、続きを言うのがためらわれた。

だって、絶対に先生にからかわれると思ったから。

「おまけに、なんですか?」

「それは……」

「それは?」

言いだした自分が悪いのだから仕方ない。

私はあきらめて正直に言った。

「お酒が大好きで、酒癖の悪い人だったそうです……」

「それはまた、なんとも――」

先生はよほどおもしろかったらしく、それはそれは愉快そうに笑った。

田中先生ってこんな笑い方もするんだ……っていうか、笑いすぎですよっっ。

「そんなに笑うことないじゃないですか」