博士と秘書のやさしい恋の始め方

ほんのり甘く色づいて、ほのかに熱を帯びた柔らかな空気がふたりを包んだ。

「とてもいいですね。響きが特にいい」

誰かに名前を褒められたのは初めてではない。

でも、こんな甘酸っぱい気持ちになったことはなかった。

こんなにときめいて、胸がいっぱいになるなんて。

それはやっぱり――先生が特別なひとだから。

私が先生に恋しているから。

先生は私の手から飲みかけのグラスを引き取ると、テーブルの上にことりと置いた。

そして、肩を抱いて私をそばへ引き寄せた。

「名づけはご両親が?」

「祖父が考えた名前なんです」

もたれかかるように寄り添って、ちょっと目を伏せる。

煙草の匂いがぜんぜんしない田中先生って初めてだ。

私もさっき使わせてもらったボディーソープの匂い。先生と私、おそろいの匂い。

ふうわりと香る優しい匂いが、私をいっそう夢心地にする。

嬉しくて思わず頬が緩んでしまう。

そして、夢のようなこの瞬間が、やっぱりどこかちょっぴり不思議。

「お祖父さんが?」

「そうなんです。意外ですか?」

「意外です」

予想通りの先生の反応に「うん、うん」と心の中でほくそ笑む。

「さり」というそれほど古風な感じでもない名前を強く推したのは祖父だった。

「祖父ちゃんが考える名前にしては古臭くもなく響きも悪くない」と、父も母もわりとすんなり受け入れて決めたという。

母には「孫の名付け親になりたいという願いを聞いてやるのも親孝行」という気持ちもあったらしいし。

けれども――。

「この名前、基本的には気に入っているんです。祖父が平安時代の書家からとった名前なんですけどね。でも、その人は男性で――」