博士と秘書のやさしい恋の始め方

そこはとある北欧の国で、季節は夏。

やたら毛足の長いモフモフした猫たちが、森の中を散策している。

じゃれ合う仔猫たちと、それを見守る母猫の様子が微笑ましい。

猫好きなら誰もがとりこになりそうな素敵な映像、なのに――。

今は何故だか夢中になれない。

ひとりでちょこんとソファーに掛けて、リモコンを握って画面をじっと見つめる。

それでも、心ここに在らずというか……どうにも落ち着かない。

決して居心地が悪いわけじゃない。

むしろ、先生のうちはよすぎるくらい居心地がいい。

なのに、まったりと寛いでいるようで寛げていないこの感じは――やっぱり緊張しているから。

ここまで来ておいて、今さらそわそわおどおどしている私って……。

でも、田中先生ってちょっとわかりにくいのだもの。

今までつきあった男の人たちは、すごくわかりやすかった気がする。

こういう言い方もなんだけど、ギラついた雰囲気が醸し出されるので、考えがまるわかりというか。

だからこちらも「ああ、くるなぁ」と心の準備がしやすかった。

でも、田中先生は飄々としていて、さらさらーっとしていて、ギラギラした感じがないから。

だから、わからないだけにドキドキする。

たぶん、不安じゃなくて期待のドキドキ。

「この猫、少し変わっているでしょ」

「ひゃあっっ」

頬に触れた冷たさに、思わず声をあげる。

驚いて見上げるように振り返ると、すっかりパジャマに着替えた先生が立っていた。

手には夜空のような色をしたよく冷えた瓶と栓抜き、それからグラスをひとつ持っている。

「北欧の猫種で雪や寒さに強くて、水をあまり怖がらない。ほら、川で水を飲むときも、ああして前足が水に入ってしまっても平気なんです」

へえー、そうなんですねえ……って、それより――。

「先生、絶対わざと気配を消して近づいてきましたよね?」

だって、そうでもなきゃ冷蔵庫を開け閉めする音とか気づかないわけないもの。

「作戦成功」

「小学生ですか……」

「これ、以前に出張先で買ってきた地ビールです。なかなか美味いですよ」

そんなことを言いながら、何食わぬ顔で私の隣に座る田中先生。

先生は私にグラスを持たせると、ビールの栓をぬいて丁寧に注いでくれた。