博士と秘書のやさしい恋の始め方

先生は臆面もなくこういう台詞をさらっと言う……。

だからかえって、照れてるこちらのほうが恥ずかしい。

「先生の仕事が終わったら飲み直しましょう。私、待ちますからっ」

お酒が飲みたい気分ってわけじゃなかったけど、なぜか咄嗟にこんな台詞が出た。

そもそも、先生は「飲み直す」も何も今夜はまだ飲んでもいないって話なのだけど。

「仕事は、今夜はもう終わりにします」

気のせいかな? 抱きしめる腕にちょっと力が入った気がした。

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫。一晩寝かせて明日また読み返したほうがいい」

「そういうことなら」

ほっとして、素直に嬉しかった。

「俺もさっぱりしてきます。冷蔵庫にビールが入っているので、なんなら先に始めていてもいいですよ?」

先生ってばもう、それじゃあまるで私が我慢のできない呑み助みたいじゃない。

「ちゃんと待ってますから」

「そうですか? 無理はよくない」

「怒りますよ?」

「怒ればいい」

なんて小憎らしい。憎らしすぎて、愛おしい……。

「嫌いです、意地悪をする人は」

「嫌い嫌いも何とかと言う」

「大嫌いです」

大好きです、先生のことが。

私は先生の手を取ると、愛おしむように自分の頬にそっとあてた。

「そうだ、退屈しのぎに猫番組の録画でも見ているといい」

先生はそう言うと、私の腕をそっと解いた。

「猫番組、ですか?」

「そう。ほら、写真家が国内外を旅して猫の写真を撮り歩くという――」

「その写真家さんのことなら……でも、テレビのほうは見たことないです」

「それならぜひ」

リモコンを持っててきぱきと再生の準備をする田中先生が――可愛くっておもしろい。

先生って、こういう気の遣い方もするんだなあとか。

「では、ごゆっくり」

そうして、先生は猫番組を観賞する準備を整えると、私にリモコンを預けてバスルームに消えて行った。

「ごゆっくり」って、この場面では私が言うべき台詞のような気がするのだけど……。

田中先生って、やっぱりちょっと変わっている。

そして、先生のいろんな一面を知るたびに、私はますます先生のことが好きになる――。