博士と秘書のやさしい恋の始め方

3号棟に続く通路を、段ボールを持った先生と歩く。

今日は先生の背中を小走りで追いかけることはなかった。

たぶん田中先生は基本的に早足なのだと思う。背が高いし、足も長いし。

それでも今は、隣を歩く私を気遣って歩調をゆっくりあわせてくれている。

だけどやっぱり早く歩くクセがついているので、どうしてもときどき合わなくなるようで。

うっかり早足になっては、またゆっくり。

そんな不器用な優しさが素直にとても嬉しくて。

白状してしまうと、ちょっとだけ……胸がキュンとした。

「山下さんが来てから――」

「え?」

「ラボの環境が格段に快適になりました」

「ええっ」

な、なんですとっ!?

率直に、びっくりした。だって、そんなこと言ってもらえるなんて思ってもみなくて。

驚いて先生を見上げると、先生も私のほうを見た。

笑いかけるでもなく、飄々としたいつもの田中先生の涼しい表情(かお)。

わ、わかりにくい……。初心者(?)の私にはその表情から先生の心情を察することは難しかった。

「散らかし放題の自分が言うのもあれですが、うちのラボは雑然としていて機能的でないというか。あまり居心地もよくなくて不便なことが多かったんです」

「えーと、それは……」

たとえ田中先生にまるっと同意でも、さすがに「ですよねー」とは言えなかった。

「でも、山下さんがきて変わりました」

「本当、ですか?」

「本当です。冷蔵庫の中も安全になりましたし」

賞味期限切れのもの、一掃してよかった。

カップに入れた重曹おいてよかった。

「ファイルも備品もどこに何があるのか一目でわかるようになったし」

いっぱいラベル作って、定位置決めてよかった。

テプラの鬼軍曹になった甲斐があった(軍曹?)。

「床もテーブルもシンクも、毎日きれいで清潔になったし」

掃除機のお手入れしてよかった。

拭いて磨いて除菌してよかった。