博士と秘書のやさしい恋の始め方

気づいているのだろうか、先生は。

もう今この瞬間、私がどうしようもなくなっていることに。

先生のことが好きすぎて、どうにかなってしまいそうなことに。

「秘書の権限を行使します。仕事、してください」

本当はそんな偉そうな権限あるわけないのだけど。

私は半ば強引に先生をパソコンの前に座らせると、自分はさっさと支度をして、逃げ込むようにバスルームへ行った。

そして、熱いシャワーにうたれながら考えた。

寝室のダブルベッドのこととか、大したパンツの定義だとか、いろいろと……。

こんなことばかり考えて、なんと恥じらいがない……そう思うと同時に、そんな自分が不思議でもあった。

だって、今までの私は必ずしも“そういった行為”が好きではなかったから。

求められれば応じるというか……言ってしまえば、いつも相手の為であって、自分から欲するようなことはなかった。

求められれば望んでもらえる自分に安心して、拒んだら相手の気持ちが離れてしまいそうで怖かった。

でも、田中先生に対しては――。

抱きしめられたときも、キスをしたときも、何かが違った。

うまく言えないけれど、とてもしっくりくる感じというのかな? 

ちょっと大げさな言い方をすると、求めていた場所をようやく見つけたような、自分の在るべき場所にたどり着いたような。

先生の腕の中はとてもとても居心地がよくて、先生と交わすキスはずっとずっとそうしていたいと思うほど気持ちがいい。

想像するだけでどうしようもなくドキドキする。

だから、恥じらいもなく心から切望してしまう。

もっと知りたい、もっと感じてみたい、と。

そういえば――以前に、恋愛の達人などともてはやされる男性評論家が“ボクは抱きしめただけで、その女性の今までの恋愛が幸福なものであったかどうかがわかる……”なんて、雑誌の記事で書いていたけれど。

田中先生もわかってしまったのだろうか、私の恋愛があまり幸福なものではなかったことを。

途端に、自信のなさが心をぼんやり翳(かげ)らせる。

ああ、またつまらないことを思い出したりして……。

私はシャワーをいったん止めると、もやもやを払しょくするように、もくもくと体を洗い始めた。