博士と秘書のやさしい恋の始め方

先生が連れてきてくれた和食屋さんは、こぢんまりとした落ち着いた雰囲気のお店だった。

カウンター席が数席と、お座敷が少し。

カウンターにはまだお客さんはなかったけれど、障子で閉めきられたお座敷はちょっとした宴会で盛り上がっているようだった。

「すみません。今夜は団体のお客様が入っていて、お座敷は……」

奥から出てきたお店のご主人らしき男性は、申し訳なさそうに先生に言った。

「いや、こちらもつい予約なしで来てしまったので。カウンターは?」

「ええ、そちらでよろしければ」

ご主人の返事を受けた田中先生は、ちょっと覗き込むようにして私を見た。

「かまわないですよね?」

「はいっ」

っていうか、カウンターがいいですっ。カウンターがよかったんですっ。と、声を大にして言いたい気持ちだった(もちろん、我慢したけれど)。

「奥へどうぞ」

レディーファースト、なのかな? 

先生は奥側の席を勧めてくれた。

でも――。

「いえ、私はこちらで」

その気遣いを無にするようで申し訳なかったけど、私はあえて隣の席をとった。

だって、これにはちょっとした理由があるから……。

「そうですか? では俺がこちらに」

先生は一瞬だけ不思議そうな顔をしたけれど、さして気にする様子もなく奥側の席に掛けた。

とりあえず、ほっ。よかった、細かいことを突っ込まれたりしなくて。

「この店のいいところは、適度に放っておいてくれるところです」

おしぼりで手を拭きながら、先生はそんなことを言った。

「学生の頃から周やなんかとよく来ているんですが。馴染みになったからといって、向こうからあれこれ聞いてくることもなくて。ほどよい距離感がいいんです」

「なるほど」

なんか、田中先生らしいなって思った。