こんなに定時を待ち遠しいと思ったのって久しぶりじゃないかな? 

会計課にいた頃は、できるだけ定時で退勤することが求められていた。

だから終わりの時間を意識せざるを得なかったけど、待ち遠しいというのとは少し違ったし。

秘書になってからは、残業という概念(?)の無い研究員の先生方のペースで、定時なんてあってないようなものになって。

もちろん、本当はそういう働き方ってあまりよくないのだろうけど。

「じゃ、出ましょうか」

「はいっ」

田中先生の予想通り、古賀先生は定時になると同時にルンルン退勤。

真鍋さんは「今日こそリベンジ!」と合コンへ。

テクニカルさんたちもあっという間にいなくなり、ラボは私と田中先生だけになった。

「やっと一緒に帰れる」

「本当に。いつも下まで一緒に行って、そこでバイバイでしたもんね」

一刻も早くこの研究棟を出て、お仕事モードを完全に解除したい。

こんなに近くにいるのに、隣にいるのに、つなげない手がもどかしい。

でも、がまんがまん……。

そうしてようやく警戒態勢(?)を解除できたのは、車で門を出てからだった。

「夕飯なんですが、今日は俺がいつもよく行く店でもいいですか?」

「もちろんですっ」

最近とくに思うのだけど、私ってば言葉に関するセンサーがちょっとおかしくなっているみたい。

といっても、田中先生との会話に限ってのことだけど。

先生の言葉の一つひとつに過剰に反応してしまうのだから。

今だって――「今日は」ってことは、明日とか明後日とか「次」が確実にあるってことだよねって、すごく嬉しくなったりして。

先生の馴染みのお店に連れて行ってもらえるなんて「私ってすごい!」なんて思ったり。