博士と秘書のやさしい恋の始め方

「山下サンにぜひ見せたい場所があります。行きましょう!」

沖野先生の腕の中でもがもがしながら駿くんが言った。

「何言ってんの、空気読みな。田中クンのデートの邪魔しちゃダメでしょ」

「田中クンはラボで山下サンに会えます、毎日。でも、ボクは違うでしょ」

「駿、あんたねぇ……」

まあ、駿くんの言うことは間違いではないが。

「あの、私はかまいませんけど。少しだけなら――」

彼女が「いいですよね?」と確認するようにこちらを見たので、俺は「どうぞ」と頷いた。

「やった! 建物の横手にゼンエイテキ(前衛的)なオブジェがあるんデス」

「それは楽しみです」

「んじゃ、アタシもちょっと行ってくるわ。すぐ戻るからここに居て。ごめんね、田中クン」

そうして、山下さんは来た道を逆戻りするかたちで二人に連れて行かれた。

「悪いな、デートの邪魔しちまって」

「いや、まあ……」

神林さんとこうして二人で話すのは久しぶりだった。

「彼女、同じラボの秘書なんだって?」

「沖野先生ですね……」

「薫(かおる)は俺に何でも話すからさ」

「それ、惚気ですか?」

「まあな」

神林さんは先輩であり、言ってみれば恩人でもある。

学生時代、人付き合いが下手で何かと誤解されやすい俺をフォローしてくれたのが神林さんだった。

あるとき、俺は神林さんに思い切ってたずねた。

「こんなこと聞くのもあれですけど。その、どうして神林さんは俺なんかに目をかけてくれるんですか?」

率直にわからなかったのだ。

先輩を立てるでもなく、愛想がいいわけでもなく、ちっとも可愛げのない後輩の俺に、どうしてそんなによくしてくれるのか。

「わからないか? オレのペットにしたいからだよ」

「冗談はいいです。で、どうしてなんです?」

「おまえ、つれないなぁ。ちょっとはのってこいよ」

「のっかりませんよ」

「じゃあ“受け”か?」

「でーすーかーらー」

イラッとする俺を見て、神林さんは愉快そうに笑った。

「すまんすまん。おまえさ、授業料とかそういうの全部、奨学金でまかなってるんだって?」

「えっ」