博士と秘書のやさしい恋の始め方

建物を出ると、相変わらずの曇り空ではあったが雨はとりあえず止んでいた。

楽しくて時間を忘れていたが、あっという間に昼時だ。

俺はわざと意地悪な言い方で、彼女に提案した。

「魚、食べに行きませんか?」

「え?」

「水族館に見に行こうではなく、美味い店に食べに行こうと言っています」

「ちゃんと理解していますっ」

少しむすっとして拗ねる彼女がおもしろい。

「先生は、どうしても意地悪なんですね」

「そうですか?」

「そうですよ。気のせいだなんて言わせません」

「ならきっと空腹のせいだ」

そんなことを話しながら、仲良く並んで駐車場をめざして歩いていると――。

「田中クン! お久しぶりデス!」

思いがけない人物と遭遇した。

「駿くんじゃないですか!?」

てとてとと走って目の前に現れたのは、眼鏡をかけた五歳(もうすぐ六歳)男児。

「あのっ。先生、駿くんってひょっとして――」

「神林(かんばやし)駿くん、沖野先生の息子さんです」

「ええーっ」

山下さんが驚くのも無理はない。

俺だってかなり驚いて――少し動揺しているのだから。

沖野先生の「沖野」は仕事で使っている旧姓で、戸籍上の姓は「神林」。

そして、神林さんは俺の大学時代からの先輩になる。

それにしても、だ。こんなところで知り合いに遭遇するとは想定外だ。

しかも、よりによって――。

「駿くん、ご両親は一緒じゃないのですか?」

「もう間もなくボクを捜索してやってくると思いマス」

「そうですか……」

神林さんと沖野先生と会うことになろうとは……。

俺はあからさまに「やれやれ」とげんなり大きな溜息をついた。