博士と秘書のやさしい恋の始め方

よっこらしょっと立ち上がった瞬間、怪訝そうにこちらを見つめる田中先生と目があった。

「あ、遊んでなんていませんっ」

苦しい、この状況で「遊んでない」は非常に苦しいっっ 

だって今の私ってば完全に段ボールと戯れる幼児だもの。

あぁ、田中先生のその奇異なものを見るような目。

これってどんな拷問よ、とほほ……。

そんなとき、私のもとへ助け舟がやってきた。

「ああっ、田中先生!!差し戻した伝票の件なんですけど――って、沙理???あんた何やってんの?」

会計課から出てきたのは、藤田美緒(ふじたみお)。

同期入職の親友で、新里さんの婚約者だ。

「えーとね、これはその……」

「ま、あんたのことは今はどうでもいいわ。それより田中先生、この伝票の――」

どうやら田中先生の会計伝票に不備があったらしい。

けど、それは少しまえのものらしく、私にはちょっと話が見えなかった。

「業者さんに迷惑かからないように、早急にお願いします」

「はい……」

「何度も同じようなミスで伝票を差し戻されてますよね? とにかくきちんとしていただかないと困ります」

「すみません……」

美緒、厳しいなぁ。でも、私も会計課にいたからよくわかる。気持ちも、状況も。

研究者の人たちって、どういうわけ事務仕事が苦手な人が多いんだよね……。

すごく難しい研究をしているのでしょうに、誰でもできるような簡単な事務処理がまるでダメという不思議。

これ、事務方が抱える最大の疑問で困り事。